美大生から落語家へ。「落語は想像力のエンジン」

――落語国にはどうやって入国されたんですか。

林家たい平氏:
僕は美術大学に進んでデザインを勉強し始めたんですね。ある時、先生が「デザインは人を幸せにするためにある」って言われて。デザインはかっこよければいいんじゃないのかなと思っていたところ、すごく抽象的な言葉に出会ったんです。

どうやって自分のデザインで人が幸せになるかな、なんて考えながら1年、2年、3年と進んで、毎日課題に追われていて、ある晩、ラジオから流れてきたのが落語で。言葉しか入ってこないのに顔が想像できて、どんな長屋に住んでいるかも想像できて、食べている羊羹の甘味までが想像できて、最後聞き終わったらすごく温かい気持ちに生まれ変わっていたんです。

ずっと毎日課題に追われて徹夜ばっかりだったんで、イライラしていた心の中が落語を聞いて笑ったら、生まれ変わるぐらいにふわふわな気持ちになっていて。そのときに先生の言葉が。何か形に残したり絵を描いたりするだけがデザインと思っていたんですけど、落語っていう絵の具を使って元気がない人とか失敗してしまった人、落ち込んだ人の心の中を明るい色に塗り替える、そういうデザイナーがいてもいいんじゃないかなと思って、一気に落語国の方に舵を切っていったんです。

――それからはもう落語のことしか考えていないんですか。

林家たい平氏:
落語家になろうって考えたんですが、意外と面白いことが言えない人なんですよ。自分で言うのもおかしいですけど、真面目なんですよ。ここまで普通の人間は落語家になんてなれないって思っていたので、大学4年の春休みに旅を決意して、下駄履いてふんどし締めて着物を着て、奥の細道を15日間かけて落語二席だけ覚えて、出会った人に落語を聞いてもらって、落語という仕事がどういう仕事なのか、自分に向いている仕事なのかを見極めようって、勝手に「落語一人旅」って書いて。

――戻ってきたときにはもうこれでやろうと。15日間何があったんですか。

林家たい平氏:
出発して5日間は何もできなかったんですよ、恥ずかしくて。声もかけられないし。これじゃいけないって石巻に行って、老人施設で落語を聞いてもらって、下手くそな落語なのに見たこともないような笑顔が僕の方を全員向いていて、拍手もらって。

こんな下手な落語をこんなに楽しんでもらえる。「久しぶりに笑ったよ」って。こんな素敵な仕事はないなと思って、その瞬間に落語家には絶対なろうって誓って、そこにいらっしゃる皆さんにも絶対落語家になって、早く有名になってテレビに出るようになりますから皆さんも長生きしてくださいねっていう話をして。