開幕したパリ・パラリンピックのザンビア代表チームにはアルビノのアスリートがいる。モニカ・ムンガ選手(25)。アルビノによく見られる視覚障害で、女子陸上・視覚障害部門で400メートルを走る。
2020年2月、東京パラリンピックに出場予定だった彼女をザンビアで取材した。
取材のメインテーマは、パラ競技ではなく、アフリカで後を絶たない「アルビノ殺し」だった。現地では、取材に入るまで知らなかった彼女の被害経験も語られた。
時間を4年半ほど巻き戻す。
アルビノのアスリート、教師の母

ザンビア東部ルンダジから、隣国マラウイとの国境に沿って走る道を、まあまあの大きさの街、チパタに向かって南下していく。4時間ほどの道のりだ。
モニカ・ムンガ選手(当時21)の自宅はそのチパタ近郊にある。この前年、ドバイで行われた国際大会でモニカは金メダルを獲っていて、東京パラリンピックへの出場は確実視されていた。
2019年の秋、モニカは日本を訪れている。東京パラリンピックになるべく多くの選手に参加してもらいたい、という趣旨で途上国の選手たちを招いてのトレーニングセッションがあり、彼女も参加したのだ。
当時ロンドン駐在だった私は東京の同僚に頼んで取材に行ってもらい、映像が送られて来た。タイムが思ったように縮まらず悔しそうな表情と、子供たちとの交流会で見せた笑顔が印象に残った。実際に目の前で話すとどんな感じなのだろうか。
チパタの中心部を抜け、郊外を少し走った後、車は左折し、減速して少しデコボコした道を行く。両脇の草の背が高い。
モニカは家の前まで出てきて我々を迎えてくれた。緑色にオレンジのラインの入ったジャージ。ザンビアの国旗のカラーだ。家はコンクリートづくりのがっしりした平屋。聞けばモニカの国際大会の賞金で建てたのだという。

深紅の衣装を身にまとった母親のミリアム、そして幼い姉弟たちが同席した。姉弟たちの父親はモニカの父親とは異なる、そのあたりの事情は後程触れる。外光がうっすら入るリビングルームでインタビューを始めた。
「障碍(disability)イコール能力がない(inability)ではありません。友だちにできることなら私もできます。肌の色が違うだけです」
「アルビノの人たちもスポーツをしたい人は『できない』と諦めずに積極的にするべきです。スポーツは人々との交流を増やしてくれます」

モニカはこうしたフレーズを言い慣れているようだった。ザンビア国内でもいろんなところで似たような話をする機会があるのだろう。
もちろん経験から&本心からの言葉だろうけど、ちょっと紋切り型かな…。そんなこちらの勝手な懸念はしかし、時折放たれる「刺さる言葉」によって徐々に解消されていった。
例えば、彼女のこんな言葉。
「もっと上を目指して、私を笑っている人たちに恥をかかせてやりたいですね」
「私をかつて笑った人たち」ではなく「私を笑っている人たち」と、彼女は現在形で言った。上で触れたように、国際大会では結果を残している。ザンビアのメディアにも取り上げられている。それでも彼女は「笑われる」存在なのだろうか。アルビノである、というだけで。
パラスポーツの知名度があまり高くないこともあるのかもしれない。「恥をかかせてやりたい」と言う言葉は彼女の悔しさの裏返しなのだと推測する。
同時に彼女の語りからは「アルビノ故に差別されること」に対して毅然と立ち向かうのだという強い意志、あるいは、闘争心とも言ってもいいかもしれない、そういった静かな熱が伝わってくる。

そんなモニカを叱咤激励し、支えてきたのが母のミリアムであることは明らかだった。
教師でもあるミリアムはまっすぐこちらを見て言った。
「アルビノの子供たちを家に隠してしまう親たちも多くいます。でも、それではダメです。(アルビノの子供たちを)社会の目に触れさせていくことで、社会の側も、能力に差がないことがわかるんですよ」
ザンビアの地方で、それは簡単なことではなかったはずだ。でもブレずに、貫いてきたのだろう。肩をいからせた言い方ではないが、芯があった。
そこには教育者としての矜持も感じる。モニカは実の娘だが、ミリアムはもう一人、親に捨てられたアルビノの女の子を養子にしている。その子には歌の才能がある、と見込んでそちらの道を追及させている。
「子供たちは様々な可能性を模索すべきです。生き残るためにね」
「モニカは私が思ったよりも社交的で、様々な人と交流できます。そういう面を伸ばしていることを嬉しく思っています」
前向きさの塊のような母娘だが、我々の取材の主題である、アルビノ襲撃の話になると少々表情が曇った。
「アルビノの身体には特別な力がある」
そんな迷信がアフリカの一部には存在する。その迷信のためにアルビノが殺されたり、襲われたりする事件が後を断たない。腕や脚といったパーツが闇で、しかも高値で売買されているからだ
遺体“ワンセット”は7万5000ドルの値段がつく、という調査もある。ザンビアの平均月収は250ドルから300ドルだ。目がくらんで犯罪に加担する人間がいるのも不思議ではない。
モニカも、トレーニングをしていると「襲撃に気を付けるように」と言われることも多いそうだ。どこかで襲撃事件があったと聞くと、ミリアムはモニカに単独行動や早朝や夜のトレーニングを避けるよう命じ、移動の際には信頼できる人間を付けるようにしている。
モニカとミリアムの警戒感はアルビノとして、あるいはアルビノの子を持つ親として当然のものではあるが、さらに一段深い理由があった。
モニカも実は幼少期に襲われたことがあったのだ。
しかも血のつながった親族に。