指導者は名選手だった父

ソウル五輪の代表候補だった父親の俊一さんは、監督として地元のレスリングチームを率いながら、朱理選手を4歳の頃から指導してきた。

そして朱理選手が日本体育大学に進学すると、東京で同居しながら、二人三脚で五輪出場を目指してきた。

幼い頃の朱理選手

私は、吉田沙保里選手とコーチだった父親の栄勝さんを思い出した。

父だからこそできる教えがあり、一方で、やりにくさもあったかもしれない。時に自宅で、衝突することもあったという。

パリオリンピック™直前、父親の俊一さんは私にこっそり話してくれた。「最近は娘のストレスのサンドバッグになっていますよ」と。大舞台のプレッシャーを、隠さず、ぶつけられる父の存在は大きかったと思う。