1500mに向けて立て直すことができる可能性は?

レース後のテレビ・インタビューでは、冷静に話す田中が映し出されていた。

「強豪選手たちの中でも余裕を作れればよかったんですけど。引っ張りながらもレースを支配できていませんでした。それでラスト1周の足が残っていなかったのだと思います」

冷静に敗因を分析していたが、気持ちは乱れていたはずだ。その後の取材では「自分のオリンピックが終わってしまった」と、後ろ向きのコメントも出ていたという。それだけ2種目決勝進出、2種目入賞に対しての思いが強かった。1500mまでに立て直すことができるのだろうか。

昨年の世界陸上ブダペストでは、気持ちの切り換えに成功した。今回とは逆で1500mが先に行われ、準決勝を通過できなかった。しかし3日後の5000m予選を14分37秒98の日本記録(当時)で通過。決勝で8位入賞を果たした。

ブダペストの田中は大会が始まってからも「何をやっても虚(むな)しい」という言葉を田中コーチやトレーナーら、“チーム田中”内で発していた。そんな田中に対しチームの解散を宣言するなど、田中コーチが毅然として対処した。1500mの準決勝が終わった後に、チームのありがたさを再認識した田中が、メンバーに対して感謝の気持ちを持つことができた。と同時に走りも良くなったのである。

同じことがパリでも起こるとは限らないが、大会自体に入る前の精神状態は、ブダペストより今回の方が間違いなく良かった。田中コーチもそれを認めているし、母親の千洋さん(市民ランナーだが北海道マラソン優勝2回)も、「今回は穏やかな気持ちで日本を(7月8日に)出発しました」と話していた。

「これまでお世話になった方たちから、希実のイラストを描いた旗に寄せ書きをしてもらうことができましたし、希実の10年来の“心友”の方にも1年以上ぶり会うことができたり。最高の出発前になりました」

パリには千洋さんも応援に来ている。ブダペストのときは毎朝、一緒にジョグをしたり食事をしていた。田中は、本人が言うところの「けんか」を繰り返しても、田中コーチの指導を受け続けている。それは家族の前なら安心して、本音や弱音を話すことができるからだ。それが一途すぎるところがある田中にとって、精神安定剤的作用している。

田中が1500mまでに良い精神状態に戻れば、走りも間違いなく良くなる。今季のシーズンベストは自己3番目の4分01秒44。準決勝で出した3分59秒19の日本記録を出し、決勝で8位(3分59秒19)に入賞した東京五輪を上回る可能性が、今の田中には十二分にある。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)