街のシンボルはキノコ雲 誇り?不快?様々な声

アメリカ・北西部にあり、人口およそ6万人の街、リッチランドは、第二次世界大戦中に作られた街です。「マンハッタン計画」の一翼を担った、核燃料生産拠点「ハンフォード・サイト」の労働者とその家族が暮らすベッドタウンでした。

「ハンフォード・サイト」は、40年ほど前に稼働が終了し、今では、国立歴史公園に指定され、多くの観光客が訪れます。

街のいたるところに、掲げられるのは、キノコ雲のモチーフ。映画では、リッチランドの住民達のアイデンティティとも言えるプルトニウムや原爆について様々な立場や考え方が交差します。

映画より
「キノコ雲は世界の誰もが知っていて、これは殺しのシンボルじゃない。この町の業績だ」
「キノコ雲にいい意味なんてない。利点がわからないよ」
「どこを見てもキノコ雲。学校は誇りにしてるよね」

7月、この映画を制作したアイリーン・ルスティック監督が広島を訪れ、試写会が開催されました。この映画を完成させた時、監督は、少なくとも映画の舞台となったリッチランドと、日本では、必ず上映したいと思っていたそうです。

アイリーン・ルスティック監督
「この映画を特に広島・長崎で上映できることが、大変重要だと考えています」「この映画は、和解という問題について、和解が成立する条件とは何かと、色々考えさせるものです。私にとっては、今日のこのような場、人と人が出会って対話が始まるということが、和解の第1歩ではないかと感じています」