「400 mという種目が変わる時代」の目撃者に
パリ五輪の期待はバルセロナ五輪の高野以来、32年ぶりの五輪がファイナリスト誕生だが、3選手への期待の大きさはまったく同じと言っていい。
佐藤拳は日本記録保持者というだけでなく、海外の国際試合に強い。44秒台2回が世界陸上の予選と準決勝、自己3番目の45秒00がアジア選手権優勝記録だった。
もう1つは、人間力とでもいうべき経験の蓄積が強さにつながっている。15年以降、22年を除いて五輪&世界陸上の代表入りを続けて来たが、その間15年に出した45秒58の自己記録を更新できなかった。練習方法を見直し、アキレス腱の故障対策を見つけ出し、レース戦略を大学院に行って研究してきた。以前は200mまでのスピードにこだわって強化してきたが、今は200mから300mでポジションを上げる走り方になっている。
佐藤風も苦労人である。中学、高校と全国大会に行けなかった選手が、大学で全国レベルに成長した。しかし大学卒業後はフルタイム勤務の競技環境で、練習時間や活動予算に制限が大きかった。それでもオレゴンで結果を残し、昨シーズンから実業団トップチームの競技環境をつかんだ。
大学時代から前半のスピードを重視し、世界トップ選手に引けを取らない前半型のレースパターンを作り上げた。
中島は対照的に後半型の選手。最後の直線では世界トップ選手間でも有数の強さを持つ。自己記録は45秒04で44秒台はないが、記録の上位10パフォーマンスの平均は3人中最も高い。ブダペストの準決勝の着順は(3組)3位と最もよかった。
今季からバルセロナ五輪金メダリストのクインシー・ワッツ氏を専任コーチに付けた。練習拠点を米国カリフォルニアに移し、マイケル・ノーマン(26、米国。世界陸上オレゴン金メダル)らと一緒に練習をしている。後半の強さは維持したまま「前半の200mを少ないエネルギー消費で通過できる」ようになった。
3人とも「44秒50以内の日本記録を準決勝で出す」(佐藤拳)ことを、決勝進出の目安と考えている。日本勢にとって32年ぶりに決勝進出の壁を突き破ることが一番の目標だが、あわよくば2人のファイナリストを出すことも想定している。
それを実現させられれば、「2分58秒台を確実に出す」(中島)という4×400mリレーの目標記録をクリアし、史上初のメダル獲得も実現させることができるはずだ。
佐藤風が熱く語ったことがあった。
「以前は400mは日本人には無理だって言われていた時期がありましたが、僕らが決勝に残ってそれを覆えせる状況になってきました。日本のリレーと言えば4×100mリレーでしたが、4×400mリレーも戦えることをオレゴンで示しました。今はメダルが現実的な目標になっています。僕個人だけでなく、400mという種目が変わる時代にいることが本当に楽しいですね」
日本の五輪出場選手第1号は三島弥彦で、1912年ストックホルム五輪の100m、200m、400mに出場した。先人が紡いできた歴史を、パリ五輪トリオが新たな展開に持ち込もうとしている。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は左から中島選手、佐藤拳選手、佐藤風選手

















