スピード練習よりも「泥くさい練習」

田中はレースに多く出場しながら、夏の世界大会にピークを持っていく。田中自身に悲観的に振り返る傾向もあり、失敗と位置付けるレースも多い。今季もパリ五輪代表内定を決めたかった5月10日のDLドーハ大会で失敗(15分11秒21で11位)したときは、大きく落胆したという。

だが5月25日のDLユージーン大会で14分47秒69をマークしてパリ五輪代表を内定させると、同30日のDLオスロ大会3000mで8分34秒09の日本新。3000mは五輪種目ではないがDLでは行われる頻度が高く、田中のタイムは世界リストの順位も高かった。そして6月2日のDLストックホルム大会1500mで4分02秒98と自己4番目、東京五輪の3レース以外では自己最高記録で走った。

ストックホルム翌日に田中健智コーチは、「5月末から6月この時期としては過去最高の状態」と話していた。しかし記録は良くても着順が良くなかった。ユージーン11位、オスロ10位、ストックホルム9位で、8位以内を取ることができていなかった。

「着順がよくないのは、レースの流れにぶら下がる練習しかしていないからです。今のところ(タイム的には)手応えがあるので、着をとるトレーニングを行っていけば展望が開けると思います」

着順を取るためにはラストスパートが重要になり、その強化にはスピード練習が必要と考えるのが一般的かもしれない。だが田中の場合は、スタミナを付けることがラストの強化につながると田中コーチ。

「田中の場合は200mだけを走っても27~28秒なのですが、スタミナを上げられれば、レースの最後200mを同じくらいのタイムで走ることができるんです。心身のスタミナを手に入れられたら最大限のスピードを出せる」

それがケニアで行う「泥くさい練習」である。1500mの成績が良いときも、5000mの練習を行いながら出場したときが多い。ストックホルム大会後に慣例となってきたケニア合宿を行い、予定していた練習を行うことができた。6月末の日本選手権1500mでは4分01秒44と、自己3番目のタイムで優勝。東京五輪で出した日本記録に約2秒と迫った。

そしてパリ五輪前最後の試合として、7月12日にDLモナコ大会5000mに出場。3位(14分40秒86)は昨年のDLブリュッセル大会と同じ、DL自身最高順位だった。またラスト1周は61秒2で、昨年の世界陸上ブダペスト8位入賞時とほとんど同じタイムである。

田中の本番での強さを考えると、5000mで入賞する確率は高いだろう。そうなると課題は1500m。5000m決勝と、翌朝の1500m予選のインターバルは約12時間半。ハードスケジュールだが泥くさい練習は、ラストスパートだけでなく連戦にも効果があることを期待したい。

パリは100年前の1924年にも五輪を開催した都市。織田幹雄が男子三段跳6位と、日本の陸上競技選手初の入賞を達成した(織田は4年後のアムステルダム五輪で、全競技を通じての日本選手初の金メダリストに)。田中が女子陸上競技初の2種目入賞の偉業に挑戦するに相応しい場所だ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)