「あるべき姿」とかけ離れたスポーツ界の実相
しかし、東京大会がコロナ禍の無観客だったことで、もちろんこうはなりませんでしたし、こうしたあるべき姿といまスポーツ界が抱える実相はあまりにもかけ離れているように思います。
例えば、南アフリカのキャスター・セメンヤ選手は、小さい頃から女性として育ってきたのに、あまりにも速い記録を出したために、女子の中距離陸上競技への出場を拒否されました。マルクス・レーム選手は、義足の反発力によって記録を伸ばしているとして、オリンピックをはじめ健常者への大会への参加を認められていません。
「障害者アスリートが健常者アスリートより優れていることは許されない』というヒエラルキーの意識があると感じる」と発言したこともあります。もともと義足は競技力を増すためでなく、足を失ったために使うもので、仮に強力な反発力があればもう一方の健常な足とのバランスは取れませんので、使うのは無理です。これはほんの一例ですが、多様性も何もあったものではありません。
あからさまに憲章に違反した運営
また、ロシアのウクライナ侵攻は、全く許されないことですが、ロシアの選手がオリパラに出場する権利はあるのかという問題もあります。ロシアが侵攻したのは北京オリンピックが閉幕した4日後でパラリンピックが開かれる前の2022年2月24日。
平和の祭典といわれるオリパラが何の役に立たず、むしろあざ笑うかのように戦争を始めた国。「政治とスポーツは別」という議論は、ボイコット合戦となったモスクワ、ロサンゼルス大会の例を挙げるまでもなく、現実にはなかなか難しいと感じます。
オリンピック憲章には「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と明記されています。しかし実態は、参加各国の国旗が掲げられ、国家間のメダル競争によって大会を盛り上げ、表彰式では金メダルを取った選手の国の国家が演奏されます。あからさまにオリンピック憲章に違反した運営がなされているわけです。