二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された2話の医学的解説についてお届けする。
黒崎先生のオペを見る天城先生
今回は天城先生が日本に来てからのお話。早速小話も含め医学的に解説していこうと思います。
まず天城先生は東城大学心臓血管外科の面々の実力を見るためにオペ見学をします。ここでオペ見学について解説します。私のオペにも色々な病院から色々な先生や医学部の学生が見学にいらっしゃるのですが、パターンとして一緒にオペに入るか術者(主に患者さんの右側に立ってオペの大部分を行う)の後ろに足台と言って高さ30cmくらい(これは色々な種類があって高さもさまざまです。階段状のものもあります)に乗ってオペを覗かせてもらう場合があります。また麻酔科側からオペを見せてもらうパターンもあるのですが、大体麻酔科の先生の邪魔になりますので、私の施設ではほとんど術者の後に今回の天城先生のように立ってもらい見学してもらいます。足台は必須で術者の頭越しにオペが見えるので非常に勉強になるのです。
今回の黒崎先生のオペは人工血管を使用した全弓部置換という手術でした(手術詳細につきましてはシーズン1で解説しているかな…また機会あれば解説いたします)。天城先生は「こんな簡単なオペでこんなに時間をかけている理由が知りたいじゃないか(本来台本にはないセリフ)」と言ってましたが、まあまあ難しい手術と言われています。一般的には6時間前後かかり長い時には10時間近くかかる手術で、長時間に及ぶためスタッフには恐れられている手術です。この撮影の前に、二宮さんに「このオペはどれくらいの難易度?なんか言えそうなことあるかなあ?」と聞かれたので「まあ一般的には非常に長い手術だけど、自分は2時間でやるよ」と少し自慢げに言いました。ふむふむみたいな感じでドライ(本番前のリハーサルみたいなやつ)を終えて、本番で「ケチだな。日本人は(これ台本だと シャイだな。日本人は)」に世良先生「そういう問題じゃないんですよ。(これ台本だと そういうことじゃ…)」その後に先ほどの「こんな簡単なオペでこんなに時間をかけている理由が知りたいじゃないか」を入れてきて、これまさに私が言いたかったこと!!と思わず笑ってしまいそうになりました。
その後猫田さんがメッツェンを指示の前に出していたのに感心して、天城先生は猫田さんを公開手術メンバーに抜擢したのでした。
手術を見れば天才レベルの天城先生なら、その人の実力がすぐにわかります。特に全弓部置換のような深いところを切ったり縫ったりするような手術だと顕著にその実力は現れるのです。
この後冠動脈バイパス術とダイレクトアナストモーシスの解説がカンファレンスのシーンで入りますが、完璧なCGで説明されておりますので、前回の復習がてらご参照ください。
カンファレンスの「どいて」も台本にはなく、もはや高階先生が「どいて」を引き出すために真正面で邪魔していたのではないかとさえ思うくらいでした。
繁野さんの病状
今回のメインの手術の患者さんである、繁野さんの病状解説をいたします。
まず世良先生の説明で「僧帽弁閉鎖不全症と肺気腫を患っている」とありました。通常でありますと、僧帽弁閉鎖不全症に対する手術は人工心肺を用いた僧帽弁形成術(または置換術)です(心臓を普通は止めて行うのですが、心臓を動かしたまま行うのが〔on beat〕佐伯式でした)。しかし肺気腫という肺の病気(原因の一つにタバコがあります)があると人工心肺の使用で肺の機能が悪化しやすくなると言われています。そのため人工心肺を使用せずに治療できるスナイプによる治療がこの時点ではベストと思われていました。しかしスナイプは高額で繁野さんには払えないという展開。
ここで天城先生が繁野さんに追加の検査をしています。経食道心臓エコー検査です。皆さんが良く経験するエコー検査は体表から行うものが大多数です。経胸壁心臓エコー検査は胸にエコーを当てて心臓を観察します。今回は経食道心臓エコー検査と言って、口から食道にエコーを入れて(胃カメラみたいな形状)心臓の裏から心臓の中の様子を観察します。僧帽弁は心臓の後側から良く見えますので僧帽弁の病気の方は経食道心臓エコー検査を行う場合が多いです。また繁野さんは(発作性)心房細動も合併しており、左房の左心耳という部分に血の塊(血栓)ができやすいのです。左心耳も経食道エコー検査で観察しやすいので、天城先生はそれを疑い経食道エコー検査をオーダーしたということとなります。
また繁野さんは冠動脈造影検査(冠動脈に狭いところ詰まっているところがないかカテーテルを使用して造影剤を流し確認する検査。心臓手術前はほとんどの方が行います。また同様の検査に冠動脈CT検査があります)で左冠動脈主幹部に99%狭窄がありました。これは非常に危険な状態です。左冠動脈主幹部(LMT エルエムティーと言います)に狭窄があると緊急での治療が必要になる場合が多いです。左冠動脈主幹部が詰まってしまうと心臓はほぼ確実に動かなくなりますので、すぐに治療が必要なのです。ミンジェのセリフの「状態はかなり悪いです。正直、これじゃたとえスナイプ手術したとしても…」の続きはスナイプ手術したとしても左冠動脈主幹部が詰まってしまったら命が危ないとなります。
まだ繁野さんはこの時点では明らかな狭心症状(胸痛など)ありませんでしたので、ナースステーションの近くで経過観察という流れになりました。
つまり、この状態ですと薬物治療で経過観察している場合ではありませんし、スナイプを使用して僧帽弁閉鎖不全症を治療しても、左冠動脈主幹部の狭窄は良くなりませんので命の危険があるわけです。繁野さんはこの時点で手術が必要となります。肺気腫はどうするの?と思われるかもしれませんが、手術をするしないは、このまま手術をしない場合と手術をした場合どっちが長生きできる可能性が高いかで決まります。繁野さんの場合は確かに手術をした時の場合は人工心肺を使用し肺気腫が悪化する可能性はあるのですが、手術しない場合のリスクが高すぎる(左冠動脈主幹部が詰まったら命が危ない)ので手術した方が絶対良いよとなります。そこで天城先生登場ということとなるわけです。
「左冠動脈主幹部に99パー狭窄じゃん」は世良先生に私がどれだけ病状が危険かを説明してからの発言(世良先生は患者さんの病状がどれほど危険かをいつも確認してくれて、その後にセリフのトーンを調整してくれますので非常に病状が伝わりやすいと思います)。
「すぐにヘパリンを始めてください。」のヘパリンは左心耳の血栓を溶かすためと、左冠動脈の主幹部が詰まってしまわないように、血液をサラサラにするためのお薬です。ここのシーンも結構難しい医療用語が多いですが、ミンジェはすごい…いつもノーミスで難しい医療用語のセリフを言えてます。