「軒先で集まれる場所を作りたい」乳がんで亡くなった妻・幸子さんの思い

かつて、自動車の部品メーカーに勤めていた豊田さんは53歳で脱サラ。今は古民家の近くの畑でライ麦を収穫するなど、生活はがらりと変わりました。鳥骨鶏の世話をするのも豊田さんの毎日の仕事です。
カフェ経営の道を選んだ理由は、妻の幸子さんにあります。
(豊田信寿さん)「うちの妻の出身が金沢なんですけど、結婚して金沢からこちらに。特にこの保津町の風景が大のお気に入りでした。軒先でみなさんが集まって軽くお茶飲みながら雑談しながらという場を作りたいとずっと言っていたので」
豊田さんが51歳のときに乳がんが見つかった幸子さん。抗がん剤治療の副作用に苦しんでいました。かつて古民家のチラシを楽しそうに眺めていた幸子さんの姿を思い出し、ともに田舎で暮らすことを決めました。「軒先カフェ」の始まりです。
(豊田信寿さん)「ほんまに病気なん?っていうぐらいテンション高く笑顔でいてくれていたんで、すごくいいんかなって思いました。これで治ってくれたらいいのになと思っていたんですけどね。でもなかなかそうはいかなかったなって」
幸子さんは57歳でなくなりました。














