森を守った!野生ゾウの悲劇

カオヤイ国立公園は2005年に世界遺産になったのですが、実はそれ以前に別の番組で取材したことがあります。公園内には落差150メートルもある三段の巨大な滝があり、この滝にゾウの群れが落ち、4頭が死亡するという出来事が1987年にありました。この事故の取材のためにカオヤイにいったのですが、原因は森林伐採でした。人間が大勢いる伐採現場を避けるため、ゾウの群れは移動ルートを変え、そのため危険な滝の上流を渡ることになったのです。ゾウたちは滝つぼに落下したあともしばらく生きており、その鳴き声を聞きつけ駆けつけた公園レンジャーが映像を記録していました。

滝つぼからなんとか脱出しようとする子ゾウ。その子ゾウを救おうとして落下したと思われる3頭の大人のゾウ。ゾウは、群れで子どもを守るという意識がきわめて強いのです。水中のゾウたちは徐々に弱っていき、やがて滝つぼのなかで動かなくなっていきました。

このゾウたちの断末魔の映像は、タイでもニュースとなり、人々に衝撃を与えました。タイではゾウは特別な動物で、白いゾウは仏陀の化身とされ、かつて王は白いゾウに乗って戦場に出たといいます。神聖でパワーの象徴である一方、「ゾウの足の間をくぐると良いことがある」といった言い伝えもあり、一般にも親しまれています。今はいなくなってしまいましたが、当時のバンコクではゾウ使いに連れられたゾウがよくいて、お金を払って足の間をくぐらせてもらっている人を見かけました。

そんなゾウの悲劇が、原因となった森林伐採の見直しや森の保護をすすめる契機となりました。世界遺産に登録されるためには、森の保護や管理が十分に整備されている必要があります。ゾウたちの死がそうした整備を進め、18年後の世界遺産登録へとつながっていったと言えるのです。
そしてドンパヤーイェン-カオヤイ森林群は、アジアゾウを含む絶滅危惧種の貴重な生息地として世界遺産に登録されました。まさにゾウたちが命をかけて守った森です。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太