きっかけは昭和のギャグ漫画家「谷岡ヤスジ」

「性的なことを考えると鼻血が出る」というのは、現実ではほとんどないようだ。しかし、なぜそのような印象が、年齢も生まれた地域も違う私と妻、そして山本医師にもあるのだろうか。

キーワードになりそうなのは「漫画」だ。そこで、漫画に詳しい京都精華大学マンガ学部の田中圭一教授に話を聞いた。

京都精華大学マンガ学部 田中圭一 教授
「性的に興奮すると鼻血が出る」というのは、1970年代のギャグ漫画家・谷岡ヤスジ先生(故人)が週刊少年マガジン(講談社)で連載していた「ヤスジのメッタメタガキ道講座」が元祖だと思います。

谷岡ヤスジ先生の作風は、一言で言うと無意味で過激。破天荒な作風のギャグ漫画家です。ただその頃は「性的に興奮したから鼻血が出る」というわけではなく「怒りなど感情がたかぶった時に鼻血ブー」という描写だったはずです。

──なぜ同じ感情のたかぶりでも「性的に興奮」という部分に特化していったのでしょうか?

1980年ごろに少年誌でラブコメディ(青春恋愛ものに笑いの要素が合わさったもの)漫画が増え、いわゆる「ラブコメブーム」が訪れます。真剣な恋愛を描いてもいたのですが、女性のセクシーな姿を見た主人公が鼻血を出すという描写が多くみられました。当時の漫画家はもちろん谷岡ヤスジ先生を知っていたはずですから、影響を受けたのでしょう。

──なぜここまで漫画の表現として定着したのですか?

一つの感情を表す漫画にとって便利な記号になったということですね。

例えば、漫画などで笑ったときに目を「(^^)」とか「へ」のような形で表現するのは、実際に笑った人間の目をデフォルメしていますね。一方で、お金に目がない人を表すときに目が$マークになったり、好きなものを見るときに目がハートマークになったりするのは、実際の人の目とは違いますよね。

「漫画ではこれを覚えておきましょう基本のルール」として、「性的に興奮していると、キャラクターは鼻血を出す」となったわけです。今では一周回って「この時代にその表現をするか」という、あえて古典的なものとして使う漫画も出てきました。いずれにせよ、その強烈な印象が、50年経った今でも漫画作品のみならず、私たちに残っているのでしょう。