「やっぱり家が良い」避難所から“孤立集落”へと戻った女性
元日に発生した地震では、多くの孤立集落が発生。

須賀川拓 記者
「ここ本来は道路があるんですけど、土砂崩れで完全に崩れてしまっています」
停電や断水などもあったことから、多くの住民が避難を余儀なくされました。
最大85人が取り残された輪島市西保地区で、集団避難が行われたのは1月17日のことでした。

自衛隊
「前進します。ゆっくりでいいんでー」
坂下敏子さん
「はーいはい。お願いします、ネコちゃん」
87歳の坂下敏子は、避難までの2週間を猫と一緒に過ごしていたといいます。
この日、住民は白山市内の避難所へと避難していきました。あれから2か月半。再び、西保地区を尋ねると…

須賀川記者
「坂下さんでいらっしゃいますか?」
坂下敏子さん
「そうです。2月6日に帰ってきた。ミルク(飼い猫)連れて」

坂下さんが西保地区に戻っていました。
坂下さん
「私はただじっとしとるのがいやね。なんでもね。避難所におったの、なかなか大変やった。帰って来てこうやってるから多分楽やわ」

ほとんどの住民が避難を続けていて、周囲は閑散とし、断水が続いているので洗濯物は用水路で洗います。電気も止まったままのため、日が暮れると懐中電灯の灯りで夕食です。

――避難所にいるよりこっちのほうがいいですか?
坂下さん
「避難所におっても、不自由のない三度の食事が色々とあっただろうし、ありがたいと思っていたけど、やっぱり家がいい」
坂下さんが西保地区に戻ってきたのには、2つの理由がありました。

ひとつは、避難先でバラバラになった愛猫・ミルクとまた一緒に暮らすため。もうひとつは、70年近く暮らしてきたこの土地に亡き家族が眠っているからです。

坂下さん
「やっぱりね、家は良い」
――家族と一緒にいる感じも
「そうね。だから、この人たちも私を守ってくれていると思ってね。ミルクと」

西保地区に戻り、大好きだった畑仕事も再開しました。ここで育てた野菜や果物は、朝市通りで売っていました。坂下さんを知る常連客は…
朝市通りの常連客
「品物も良かったし、来てくれるんだったら(野菜などが)ほしいくらいよ」
先が見えない厳しい生活を続けながらも、坂下さんはまた「あの日」が戻ってくると信じています。

――また朝市いけたらいいですね
坂下さん
「そうやね。楽しみやね。そうしたら何でも作ってね、楽しみ。買ってくれる人はいるし、みんな待っていると思うよ」

















