難病患者の訴え「安楽死に強く反対です」
安楽死をめぐっては、安易に死を選択することになりかねないと危機感を感じている人たちがいる。
先週、京都地裁で行われた裁判。2019年、医師の大久保愉一被告(45)が、全身の筋肉が徐々に衰えていくALS患者の林優里さん(当時51)から依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われたものだ。
林さんはSNSに「安楽死させてほしい」などと投稿していた。京都地裁は大久保被告に、別の殺人罪と合わせて懲役18年を言い渡した。
裁判ではALS患者の岡部宏生さん(66)ら、多くの障害者が傍聴を続けた。判決後の記者会見では…

「この事件が起き、裁判が始まってから、生きることと死ぬことの選択の問題にされ、同じ病気や障害のある者、仲間同士の分断が広がっています」
「障害があっても生きていける日本社会に一緒にしてほしいと思います」
重い障害がある人たちは、安楽死の問題をどう受け止めているのか。岡部さんの自宅を訪ねた。

岡部さんは現在話すことができないため、眼の動きで文字盤を追い、介助士に一文字ずつ読み取ってもらう。
介助士
「こ、ん、に、ち、は、マル。よ、う、こ、そ、で、す、マル」

18年前の48歳の時にALSを発症した岡部さん。将来を悲観し、何度も自殺することを考えたという。
岡部宏生さん(66)
「ここのベランダから飛び降りようと具体的に実行しようとしたのですが、柵を乗り越えられるほどの筋力が残っていなかった」
病気の進行とともに、自力での呼吸ができなくなるALS患者。
このため、人工呼吸器をつけて生きるか、つけずに死を迎えるかの選択を迫られるが、7割の患者が呼吸器をつけずに亡くなるという。
当初、岡部さんも呼吸器をつけずに死ぬことを考えていた。
だが、「障害に縁がない人にも生きることについて考える機会を提供したい」との思いから生きる道を選び、障害者の現状を訴えてきた。
日本で安楽死が認められることに危機感を抱いている。

岡部宏生さん(66)
「私も4割の時間は、死にたいと思うくらい辛いです。そんな時に『死なせてあげよう』と言われたら、間違いなく『なら死なせて』と言ってしまうでしょう」
「安楽死が本当に必要な人以外に、どんどん広がってしまうことが恐ろしいです。だから安楽死に強く反対です」
介助士による24時間体制での介護が必要な岡部さん。介護していた妻がうつ病になった時には、自身を責めることもあったという。
岡部宏生さん(66)
「こんなに介護が大変ならば、自分の家族の介護負担をなくすために安楽死しよう、という人が必ず出てくると思います」
「安楽死で死んでいける社会を目指すなら、希望をもてる社会ではありません」
岡部宏生さん(66)
「今日の講演は中学生高校生相手なので、とても楽しみにしています」
病気が進行すると眼球の動きが悪くなり、文字盤を使った会話もできなくなるという。

岡部さんの周りには、一緒に活動してきた戦友たちの写真が飾られている。
岡部宏生さん(66)
「目の前の写真の患者はまゆみさんと言って、もう10年、自分から発信ができません。あなたは発信できるのだから頑張りなさいと励ましてもらっています。いわば叱咤激励されています」
「仲間が次々に亡くなってしまいました。私は長生きです。では参りましょう」

岡部さんは「日本一外出するALS患者」と呼ばれている。悩む他の患者たちの元をたずね、月の半分以上は外出している。
その岡部さんから生きる力をもらったのが、同じALSを患う佐藤裕美さんだ。
「安楽死を認めるべきだ」との声が上がる度に、脅威をおぼえ、生きづらさを感じていたという。

佐藤裕美さん
「安楽に死ねる制度があるのに、あえて使わなかったのだから、『使わなかったあなたは苦労して生きることを受け入れなさいよ』と思われてしまいそう」
しかし、岡部さんに「生きているだけで価値がある」と励まされ、自身も前に出てその活動を手伝うようになった。
この日、千葉県の高校で行われた「生きるってなんだろう?」という特別授業。

佐藤裕美さん
「誰もがその人らしく、その人を無理やり変えることのないままに、どこまでも幸せを求めて生きられる世の中になってほしいなと思っています」
「あなたの『生きる』、ここにいらっしゃる一人一人の『生きる』も、かけがえのない、とっても大事な、一つの生きる形だと思います」
岡部宏生さん(66)
「誰かに生きてほしいと思われていること、誰かに生きてほしいと思うことで、私たちは生きる力や希望を持てるのだと思います。この気持ちを失ったら、この社会はもっと悲惨な出来事が増えるでしょう」
岡部さんたちのメッセージは、生徒たちにどのように届いたのか。
生徒
「私は今まで生きててしんどいなとか、逃げたいなとか思ったことがありましたが、今回の話を聞いて、人それぞれの生き方があることがわかって、自分は自分らしく、これからも生きていきたいなと思うことができました」
「私が岡部さんと同じ立場になった場合、父とか友達とか周りの人たちに迷惑かけたくないなという思いから、たぶん私は自分で死を選んでしまうと思うんですけど、将来は助産師さんになって、生きるという希望に向かって進んでいけるような世界や社会を作っていけたらいいなと思っています」
岡部さんは、眼球の動きが少しずつ衰えていて「自分がメッセージを伝えられる残り時間は長くない」と話す。

岡部宏生さん(66)
「私も安楽死を具体的に検討したこともあるし、つい去年も体の辛さで死にたいと思ったことがあります」
「私たちに限りませんが、人は死にたいなと思うこともあります」
「安楽死で死んでいけるような社会を目指すなら、希望をもてる社会ではありません」
安楽死を選ぶのではなく、生きることを選んでほしい―
岡部さんの命をかけた訴えだ。
