◆アルゼンチンの政権交代も代表戦見送りの理由?

今回、中国国内で開催されなくなったアルゼンチン代表の試合は、そういう声に押されて開催見送りを決めたのだろう。ただ、中国国内で行う予定なのに、アルゼンチン代表が対戦するのは中国代表ではなく、ナイジェリア代表、それにコートジボアール代表だ。中国のファンからすれば、外国のチームと外国のチームの対戦だ。

アルゼンチンは現在、FIFA(国際サッカー連盟)のランキング1位、つまり世界一だ。だからビジネス、興行的な色彩が強いマッチングだった。FIFAランク79位の中国代表が対戦しないという事実は、中国代表チームの実力も反映しているだろう。先日あったアジアカップでは、中国代表は1次リーグ3試合を戦って、結果は引き分けが二つ、負けが一つ、勝利はなし。決勝トーナメントに進めなかった。

中国のサッカーファンは自分の国の代表にフラストレーションを溜めている。ネット上でも、厳しい言葉が並ぶ。そんな感情が渦巻くなか、香港で試合に出なかったメッシ率いるアルゼンチン代表が中国国内で、アフリカのチームと対戦すれば、イライラが爆発する事態もあり得る。試合会場で何が起きるか分からない。安全面、社会の安定を損なうから、中止を決めたという側面もあるだろう。

同時に、アルゼンチン代表の試合をさせないというのは、報復措置という意味合いもあるのではないだろうか。「中国で金儲けさせないぞ」というメッセージもあるだろう。

さらに気になることがある。アルゼンチンは新大統領ハビエル・ミレイ氏が昨年12月に就任し、政権交代が起きたばかりだ。選挙戦中、ミレイ氏は習近平主席を名指しして「共産主義者とは手を組まない」と発言している。前の左派政権の親中国路線から親米路線への転換を掲げて当選した。

◆ベッカム氏も巻き込んだアルゼンチンと中国の摩擦

中国が力を入れている新興5か国の組織、BRICSという枠組みがある。アルゼンチンは今年1月から、このBRICSへの新規加盟が決まっていたが、新大統領は参加をやめた。前の左派政権は、BRICSの加盟国拡大の旗を振る中国を重視していたが、政権交代で中国とアルゼンチンの関係が悪化する可能性がある。

当然、中国もアルゼンチンへの態度を硬化する。アルゼンチン代表の試合を北京で行わないと、中国側が決めたのは、このあたりの事情も絡んでいるのではないだろうか。

ところで、このメッシ騒動には、イングランドの名選手だったデビッド・ベッカム氏も巻き込まれた。中国の旧正月に合わせて中国版SNS、微博(ウェイボー)に自身の動画とともに、中国語で「明けましておめでとうございます」と中国のサッカーファンに向けてメッセージを投稿したところ、中国の一部ファンからは「俺たちをなめるな」など厳しい反応も寄せられた。

実はベッカム氏、現在メッシが所属するインテル・マイアミの共同オーナーを務めている。中国のファンの機嫌を直そうとしたのか、真意は不明だ。

サッカーが刺激した民族感情。そして起きた摩擦。当面は影響を及ぼしそうだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。