「成長で債務問題を克服」は楽観論なのか?
ベッセント財務長官は8月31日、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の開幕を前に、「世界は債務であふれている。抜け出す唯一の方法は経済成長によって債務問題を克服することだ」(共同通信)と記者団に述べた。
世界的に公的債務の累積が進む中、あらためて成長の重要性を強調した発言として注目を集めている。
もっとも、この発言を額面通りに受け取ると、やや楽観的な印象も否めない。
米国では近年、財政赤字の拡大が続いていることに加え、AI関連投資を背景としたハイパースケーラーによる社債発行の増加もあり、長期・超長期金利に上昇圧力がかかっている。市場では財政規律や政府債務の持続可能性に対する関心が高まっており、債務問題への対応策が問われている局面である。
そのため、「経済成長によって債務問題を克服する」との発言は、債券市場に安心感を与える材料というよりも、成長によって債務問題を解決できるのか、という疑問を呼び起こすものだったと言えよう。
実際、債務問題を抱える国々が「成長によって解決する」と説明するケースは少なくない。しかし、成長率が低迷した場合には構想そのものが崩れてしまう。
財政運営において重要なのは、成長戦略と財政健全化策がどのような形で両立されるのかである。この点について、ベッセント財務長官は依然として具体的な道筋を十分に説明していない。
成長によって債務問題を解決するという主張は、積極財政によって成長促進を進める政策にも聞こえる。特に日本では、高市政権による積極財政路線が注目されている。ベッセント財務長官の発言は、高市政権と同様のポリシーミックスであると考え、財政リスクが高まったと考える向きも多いだろう。
ベッセント財務長官が描くのは「民間主導の成長」か
もっとも、ベッセント財務長官が考える「経済成長」とは、政府支出の拡大による需要創出ではなく、民間部門が主導する成長ではないかと、筆者はみている。
ベッセント財務長官は8月20日、将来的に財政健全化の見通しを示す考えを表明した。依然としてその詳細は明らかになっていないが、発言の流れを踏まえると、政府部門に対しては、財政規律回復の必要性を訴える可能性が高い。
後述するように、ベッセント財務長官は日本の積極財政に否定的であるようであり、そもそも積極財政による成長で財政を改善させるというポリシーミックスには後ろ向きである可能性が高い。
その背景には、近年のインフレ環境がある。
コロナ禍以降、多くの国で債務残高は急増したが、高インフレによる名目GDPの押し上げ効果が結果として債務問題を覆い隠してきた。いわば「債務問題のモラトリアム期間」であったと言える。しかし、足元では家計部門がインフレ税によって大きな負担を受けており、今後もインフレによる実質的な債務圧縮に依存し続けることは難しい。
一方で、財政健全化を急ぎ過ぎることにもリスクがある。仮に政府部門が緊縮的な政策運営を進めれば、経済成長は抑制される。そして、デフレ圧力が強まれば名目GDPの拡大も鈍化する。一般的に財政状況は債務残高の対名目GDP比によって評価されるため、緊縮姿勢によって分母である名目GDPの伸びが弱くなれば、財政健全化はかえって遠のく可能性がある。
世界金融危機後や欧州債務危機後に経験した「長期停滞」の教訓は、まさにこの点にあった。
こうした論点(ジレンマ)を解決することができるとすれば、民間部門が主導する成長だろう。政府部門が財政健全化をせざるを得ないということになれば、民間部門が最後の砦となる。
ウォーシュ議長が示した「世界的な投資の急増」
同日、興味深い見解を示したのがウォーシュFRB議長である。
ウォーシュ議長は、投資が世界的に急増しており、これが成長を後押しし、投資機会の不足で資本が滞留していた過去の「貯蓄過剰」を逆転させているとの認識を示した。
「今の状況を特徴づけるなら、それは『世界的な投資の急増』の局面だ」(ロイター)とし、長期停滞という概念はもはや当てはまらないとの見方を示した。
この発言を政策的に解釈すると重要な意味を持つ。
民間部門が「貯蓄過剰」であれば、需要不足を補うために政府部門による積極財政が必要になる。しかし、民間部門の投資意欲が十分に強いのであれば、政府部門が財政健全化を進めたとしても経済全体は需要不足に陥らず、「長期停滞」を回避できる可能性がある。
一見すると矛盾している「財政健全化」と「成長による債務問題の克服」であるが、ウォーシュ議長のいう「世界的な投資の急増」は、その両立を可能にする論理として位置付けられるようにみえる。
ベッセント財務長官は、政府主導ではなく民間主導の成長によって財政健全化と景気維持を両立させようとしているのだろうと、筆者はみている。これは「小さな政府」を目指すという共和党の考え方とも親和性が高い。
財政健全化とAIブーム維持という難題
この解釈は、日本に対するベッセント財務長官の発言とも整合的である。
ベッセント財務長官は8月30日のロイターとのインタビューで、(日本の財政政策について)「彼らはただ静観してアベノミクスの恩恵を享受し、それを継続すべきだ」(共同通信)と述べ、追加的な財政拡張が不要であるとのスタンスを示した。これは、政府部門が新たな景気刺激策を打ち出すよりも、民間部門の投資拡大に経済成長を委ねるべきだとの考え方と理解できる。
実際、AI革命への期待を背景に、民間企業は巨額投資を続けている。ハイパースケーラーの社債発行増加はその象徴であり、投資機会に対する旺盛な需要が存在していることを示している。こうした環境が続く限り、政府部門が歳出を抑制しても経済成長を維持できる可能性はある。
ただし、このような議論に至った経緯を考えると、後付けの説明という印象も否めない。「民間部門に期待できるから財政健全化を進められる」というよりも、「財政健全化を避けられない局面になってきたので、民間部門になんとかしてもらいたい」というのが実情に近いようにも見える。コロナ禍後の債務膨張を考えれば、多くの先進国にとって財政規律の回復はもはや選択肢ではなく必要条件である。
そう考えると、米政府やFRBにとっての最重要課題は、民間部門による投資の勢いを維持すること、すなわちAIブームを持続させることだろう。そのために必要なのは大規模な財政出動ではなく、資金調達環境を改善するための金利低下だろう。今後、市場の焦点はベッセント財務長官が示す財政健全化策の詳細と、それを支える金融環境の整備に移っていくと考えられる。
いずれにせよ、今回のベッセント財務長官による「経済成長で債務問題克服」という発言の真意は、積極財政ではなく、「小さな政府」と「強い民間投資」の組み合わせにあると考えれば理解しやすい。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)