気温の上昇が続く中、米銀JPモルガン・チェースが「気候のブラックスワンリスク」と呼ぶ事態に備え、運用資産への影響を探る動きが、機関投資家の間で広がっている。

アリアンツ・グローバル・インベスターズやスタンダード・ライフなどは、こうしたシナリオをこれまで以上に真剣に受け止めている。

スタンダード・ライフでサステナブル投資調査責任者を務めるヘタル・パテル氏は、「真剣に考えなければならない問題だ」と話す。スタンダード・ライフは来年、気候のティッピングポイント(転換点)を巡るリスク管理の「初期的な仕組みづくり」に着手する計画だという。3170億ポンド(約67兆円)の運用資産全体を対象にシミュレーションを行い、資産への影響を分析する。

Photographer: Michael Nagle/Bloomberg

パテル氏は、2028年半ばまでにこうしたリスクを真剣に捉えない投資家は、業界の「主流から外れる」ことになるとの見方を示す。

気候のティッピングポイントとは、大気や陸地、海洋、氷床など地球の相互につながる自然システムが、大きく変化する閾値(しきいち)を指す。JPモルガンが「ブラックスワン」に例えるのは、発生確率が低いテールリスクとみなされながらも、一つでもティッピングポイントの閾値を超えれば「影響が極めて大きい」ためだ。

企業経営者に気候リスク管理を教えるアパベ・クライメート・スクールの代表であるアントワーヌ・ポアンカレ氏は、ティッピングポイントは「気候変動で最も恐ろしい部分だ」と指摘する。

長く例外的なシナリオと考えられてきたティッピングポイントは、今では投資ポートフォリオ分析に取り入れられ、金融規制にも反映され始めている。

背景には、気温上昇が危険なペースで進んでいることがある。世界の平均気温は24年、産業革命前と比べた気温の上昇幅が1.5度という重要な節目を初めて一時的に超えた。今世紀中には気温の上昇幅が約3度に達する見通しで、科学者らは破局的な事態を招きかねないと警告している。

JPモルガンで気候アドバイザリー部門を率い、米海洋大気局(NOAA)の元主任科学者でもあるサラ・カプニック氏は、「ファンド各社が問うているのは、気候のティッピングポイントが実際の投資判断の時間軸でポートフォリオにどのような影響を及ぼすのかという極めて実務的な問題だ」とした上で、「市場がいつ資産価格を見直すのか、リスクがどこに集中しているのか、科学的な不確実性が残る中でどう備えるのかが問われている」と語る。

サラ・カプニック氏

カプニック氏の分析では、価格下落の影響を最初に受けるのは流動性の低い実物資産で、次いで債券市場と考えられるという。投資家は最新の科学的知見を踏まえ、テールリスクの分析を定期的に見直すべきだと指摘する。

一方、銀行は事業を行う時間軸を踏まえると、こうした分析は容易ではない。ただ、長期の時間軸では、住宅ローンのポートフォリオが気候リスクにさらされる主な資産の一つになるという。

カプニック氏は今年の熱波はティッピングポイントではないものの、「これまでより高温な状態が新たな基準」になることを示しているとみる。「変化が加速すれば、社会や市場が適応するより早く、自然システムが閾値へ近づく恐れがある」と警鐘を鳴らす。

「適応が遅れれば、効果的に対応するための時間が十分に確保できなくなる恐れがある」という。

スタンダード・ライフのような長期投資家にとっては、こうしたリスクから「資産価値をどう守るか」が課題になっているとパテル氏は話す。

科学者らは、いったん超えると急激で危険な変化が起き、元に戻せなくなる可能性のあるティッピングポイントを12超特定している。いったんその境界を超えると、影響が表面化するまで数年から数十年かかることもあるが、変化は元に戻せない。

例としては、サンゴ礁の死滅、アマゾン熱帯雨林のサバンナ化、グリーンランド氷床の融解が後戻りできなくなることなどが挙げられる。

英エクセター大学の研究者は昨年10月、温暖な海域のサンゴ礁で「広範な枯死」という、最初のティッピングポイントに達したとし、世界は「新たな現実」に直面していると発表した。

白化現象が広がるサンゴ礁

北欧で特に懸念されるティッピングポイントの一つが、大西洋子午面循環(AMOC)の崩壊だ。赤道付近の暖かい海水を北西欧へ運び、冬の寒さを和らげる海流システムだ。これが崩壊すれば現在の気象パターンは一変するとされる。

その影響として、英国では冬の寒さが一段と厳しくなるとみられる。最近のモデルではロンドンで気温が氷点下20度まで下がるような厳しい寒波が起きる可能性が示されている。北極海の海氷がケンブリッジ大学のあるイーストアングリア付近まで南下する可能性も示されている。

一方で、地球温暖化は夏の暑さと乾燥をさらに強め、水不足のリスクを高めると見込まれる。農業など重要な産業への深刻な影響も懸念されている。

ティッピングポイントの研究で知られるエクセター大学の気候科学者ティム・レントン氏は、投資家の判断基準は近年変わってきたと話す。

ある資産運用会社は、科学者がティッピングポイントを超えたと判断した時点で、影響が顕在化するまでの時間にかかわらず、ティッピングポイントの影響を受ける資産を売却する方針を決めたという。社名は明らかにしなかった。

レントン氏は「リスクが現実のものとなるまでには時間がかかる。しかし変化が始まり、それが不可逆的なら、今、価格を見直し、将来の影響を現在の価格に織り込むこともあり得る」と語る。

金融当局も動き始めている。英国の健全性規制機構(PRA)は昨年、銀行や保険会社に対し、急激に悪化し、元に戻せない気候リスクを考慮するよう求めた。また、過去のデータだけでは将来のリスクを適切に判断できないとも指摘した。

運用資産6000億ユーロ(約109兆円)のアリアンツ・グローバル・インベスターズも対応を模索している。サステナビリティー調査・スチュワードシップ責任者マーク・ウェード氏は、資産価格がいつ反応し始めるかを見極めるには、保険業界を注視することが重要だと話す。

JPモルガンのカプニック氏は、気候変動の物理的な影響が「すでに表れつつある」中、ある時点で一気に進む変化や政策主導の情報開示によって、資産価格は従来のモデルが想定する以上のペースで見直される可能性を投資家が認識し始めていると指摘する。

一方で、こうしたリスクをどうモデル化するかは、運用会社にとって難題だ。

英国の大学職員向け年金を運用するUSSインベストメント・マネジメントの投資戦略責任者ミルコ・カルディナーレ氏は、「ティッピングポイントがいつ起きるかを正確に予測しようとすることは、あまり意味がない」と話す。

その一方で、「永久凍土の融解やAMOCの崩壊など、一部のティッピングポイントは今後15-20年以内に起きる可能性を示す証拠がある」と指摘する。

米アラスカ州デッドホース近郊のツンドラ。気温上昇に伴い、永久凍土が炭素の吸収源から排出源へ転じる速度を研究者は調べている

USSはシナリオ分析で5-10年先を対象としており、その期間の終わりごろにはティッピングポイントが投資判断に関わってくる可能性を意識しているという。

ジェフリーズのサステナビリティー・移行戦略グローバル責任者アニケット・シャー氏は、ティッピングポイントがいつ起きるのか正確な時期を示せないことが、投資家を悩ませていると話す。

「気候科学者にとって、ティッピングポイントが起きる正確な時期を示すのは難しい。しかし、投資家にとっては、時間軸が極めて重要だ」とし、「10年先の話なのか、50年先なのか、それとも100年先なのか」と語る。

アパベ・クライメート・スクールのポアンカレ氏は「2020年代中に後戻りできない地点を超える可能性はあるが、実際に影響が表れるのは50年後かもしれない」と話す。

一方、気候変動対策が十分進んでいない現状を受け、一部の投資家は極端なシナリオへの備えを迫られていると、リーガル・アンド・ゼネラル・グループの運用部門(運用資産1兆2000億ポンド)で気候モデリング責任者を務めるジャスティン・シェーファー氏はみている。

シェーファー氏は「エネルギー移行が進むとの期待を失い始めている人もいる」と指摘する。脱炭素化の進み方が期待より遅いため、一部の投資家は「極めて深刻な結果に備えようとしている」という。

ジェフリーズのシャー氏は、投資家にとって難しいのは、ティッピングポイントの影響が過去の危機とは比べものにならないほど大きくなり得る点だと話す。

「経済や企業は戦争や新型コロナウイルス禍にも適応し、その適応は比較的早く進むこともある。しかし、戦争や感染症とは違い、今回のような後戻りできない衝撃を私たちはこれまで経験したことがない」と語る。

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原題:JPMorgan Black-Swan Analogy Feeds Scariest Climate Scenario (2)(抜粋)

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