(ブルームバーグ):中国のスパイが日本企業から産業機密を盗み出す。密輸業者が米エヌビディア製の先端AI半導体を日本経由で運ぶ。麻薬組織が日本を中継地として合成麻薬「フェンタニル」をひそかに米国へ流す。
幅広い産業で日本の経済安全保障上の脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにする事案が最近相次いで発生した。こうした動きは、外国勢力が日本をスパイ活動やその他違法行為の格好の標的とみなし、場合によっては都合のよい中継拠点として利用している実態を示している。
こうした状況を受け、長年にわたり脅威への対策強化を訴えてきた高市早苗首相の下で、近年最も踏み込んだ経済安全保障政策が進められている。米国の対米外国投資委員会(CFIUS)をモデルとした日本版CFIUSが29日に発足。海外投資家による日本企業への投資案件の審査を拡充・強化するのが目的だ。
高市首相は同日に官邸で開いた会議で、健全な対日投資は海外の優れた経営ノウハウや技術を呼び込むことで「日本経済の持続的成長に寄与する」と強調した。政府の審査能力の底上げを目指しつつ、対日投資促進と経済安保確保の両立を図ると述べた。
東京大学先端科学技術研究センターの特任講師で、経済安全保障インテリジェンス・ラボを率いる井形彬氏は、「高市政権は、ここ数年にわたり政策担当者や官僚、さらには学界が提唱してきた経済安全保障政策を次々と実行に移している」と語った。
日本版CFIUSは、米国の制度と同様に、外国からの投資が国家安全保障に及ぼすリスクを審査する省庁横断の組織となる。主に財務省と事業を所管する省庁が審査を行ってきた現行の体制を改める。
この体制は、「外国為替及び外国貿易法」(外為法)改正の一環として導入される。新たな法制度では、事前審査の対象を一定の間接取得案件にも拡大する。外国政府や国有企業などリスクの高い投資家については、従来は事前審査の対象外だった非指定業種への投資についても、当局の審査権限を広げる。
2019年の外為法改正以来、対内直接投資の事前届け出件数は近年増加している。それ以前は、海外のアクティビストファンドは、上場会社の株式を取得する場合、議決権割合が10%未満の取得は事前の届け出が免除されていた。だが、改正で基準が1%に引き下げられ、投資先企業への影響力拡大を狙うアクティビストを含む対日投資の多くが審査対象となった。
ベッセント米財務長官は先月、日本政府当局者との会談後、日本の投資審査制度構築に向けた取り組みに対する米国の支援を強調した。

首相就任前、高市氏は自民党のサイバーセキュリティー対策本部長を務めた。22-24年には、経済安全保障担当相としてサプライチェーンや重要インフラ、技術を世界的なリスクから守るための法整備に深く関わった。その後も、経済安全保障推進法の拡充・改正を主導してきた。
米国のCFIUSは、中国に関連する安全保障上の脅威への対応に重点を置いている。日本版も同様となる可能性が高い。
高市氏は24年に「日本の経済安全保障 国家国民を守る黄金律」を出版した。この中で、サプライチェーン強靱(きょうじん)化と情報保全強化を目指す上で忘れてはならないのは、「日本の第一位の輸入相手国であり、我が国のみならず各国のサプライチェーンに強い影響力を持ち、多くの研究者や留学生を世界各国に送り込んでいる中国の存在だ」と記している。
著書では中国の国家情報法にも言及。中国政府は国民に対し情報収集活動への協力を義務付けることが可能だとの認識も示した。
最近発生した事例の多くは、こうした高市氏の懸念を裏付ける内容となっている。この1週間だけでも、中国との関連が指摘されるウイルスに感染したUSBメモリーを自衛隊が使用していた問題や、日本に拠点をつくっていた中国組織がフェンタニルを不正に輸出していたと日本経済新聞が報じた。米エヌビディア製のAI向け半導体を、日本経由で中国に少なくとも1回は密輸に成功した疑いがあるとみて、台湾の検察当局が3人の容疑者の関与を捜査していると、ブルームバーグが先月報じた。

問題は中国だけにとどまらない。警察庁のデータが示すように、脅威はデジタル空間を通してグローバルに広がりつつある。日本では米国やロシアなど世界各地を発信元とする不審なサイバー活動が確認されている。ただ、警察庁の報告書によると、IPアドレスのなりすましなどもあり、実際の攻撃元を特定することは難しい。
安全保障上の懸念が高まる中、日本政府当局も対内投資審査により一層慎重になっている。4月にはソウルに拠点を置く投資ファンドのMBKパートナーズに対し、牧野フライス製作所の買収計画を中止するよう勧告。外為法に基づく中止勧告は2例目だった。
台湾の電子部品メーカー、ヤゲオが芝浦電子に昨年提示した買収案の審査は7カ月に及んだ。セブン&アイ・ホールディングスが24年に安全保障上のコア業種に分類されたことも規制上の障害となり、カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収計画は最終的に頓挫した。
ただ、投資審査制度の強化は課題の一部に対処するにすぎない。特にリスクが大きいのは、日本企業の大半を占める中小企業だ。国内製造業のサプライチェーンを支える中核的な存在だが、多くは機密性の高い技術の保護に必要なリソースや専門知識を十分に備えていない。
そのような状況の中で、従業員約100人の愛知県の金型メーカー、メイクスタートは例外的な存在だ。大手自動車部品メーカー向けに部品を供給する同社は、取引先からセキュリティー強化を求める声も踏まえ、生産の90%超を自社内で行っているほか、全従業員に会社支給のスマートフォンを配布するなど、データや技術の保護に取り組んでいる。
こうした小さな取り組みの積み重ねが情報漏えいの防止につながると、メイクスタートの迫田邦裕社長は話す。同氏によると、従業員が転職する際に経験やノウハウを持ち出したり、ソーシャルメディアへの投稿に機密情報が意図せず入り込むなど、情報漏えいは起こり得るという。
迫田氏は、サイバーセキュリティーの専門家と連携を始めたことに触れ、自分一人だけなら後回しにしてしまったかもしれないと語った。金型が作れなければ国内のものづくりができなくなり、「日本の製造業の一番危うさを感じるところだ」と述べた。
同志社大学の村山裕三名誉教授は、政府と警察がこの問題に「相当力を入れた」ことで、企業経営者の関心も高まったと評価する。政府は、民生・軍事の両方に利用可能なデュアルユース技術の開発を強力に推進しており、経済成長を後押しするとともに、国内のサプライチェーンを守る上でも重要と位置付けている。
村山氏は、高市政権が誕生し、防衛産業を成長産業にする方針を打ち出したことで、「相当認識が高まったと思う」と語った。
原題:Chinese Spies, Smuggled Drugs Fuel Takaichi’s Security Push(抜粋)
(高市首相の発言を追加して更新します)
--取材協力:梅川崇.もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
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