(ブルームバーグ):ソーシャルメディア上の評価は一致している。韓国の首都ソウルで今最もクールな地区は聖水(ソンス)だ。さえない工業地区だったこの一帯は今、流行のカフェ、洗練されたアートスペース、著名建築家が設計したブティックが並ぶ注目のスポットへと様変わりした。変貌の立役者として知られる政治家が、6月3日投開票のソウル市長選に出馬し、世論調査でリードしている。
ソウル東部に位置する聖水では、おしゃれな若者たちがベーカリーの前に列をつくり、ギャラリーのようにミニマルな店舗でスニーカーを物色する光景が見られる。フィンテックのスタートアップやK-POP事務所が一等地のオフィスビルに入居し、ラフな服装の社員たちがアイスアメリカーノを手に出入りする。
聖水のマーケティング会社で5年以上働くキム・ガヨンさん(33)は「街全体にエネルギーがあふれている。流行がここから生まれていくのを肌で感じられる」と話す。
ソウルの城東(ソンドン)区の前区長である鄭愿伍(チョン・ウォノ)氏は、この街の盛り上がりとヒップスター(独自のセンスを貫く感度高めの都会派)たちのお墨付きを追い風に、与党「共に民主党」の公認候補として市長の座を狙う。5選を目指す現職の呉世勲(オ・セフン)氏に挑む。鄭氏の公選職の経験は、聖水を含む人口27万5000人の城東区をかじ取りした過去12年間のみ。市長に当選すれば、劇的な飛躍となる。
鄭氏はこの地区の成功を自分の功績と主張するが、呉市長は、地区の変貌は「数十年来の市全体の取り組み」によるところが大きく、鄭氏の手柄ではないと反論している。
問われるのは、地区を変えたと鄭氏が自負するボトムアップ型の行政手法と都市再生モデルが、人口900万人の首都でも通用するかどうかだ。ソウル市長は350億ドル(約5兆5600億円)規模の予算を握り、国全体への影響力も持つ。首都への雇用、人口、権力の集中は中央政府にとって長年の悩みの種だが、この職を巧みにこなせば中央政界への足がかりにもなり得る。
小規模事業者の誘致に徹底的にこだわった姿勢が「聖水の成功を後押ししたが、まったく同じ手法を他の地域に当てはめても、同じ成果が得られるわけではない」。鄭氏は市長選出馬のため区長を辞する前のインタビューでこう語った。ただ、それぞれの地区に独自の可能性があるとし、「市内に第2、第3、第4の聖水をつくる」構想をすでに練っていると付け加えた。
鄭氏(57)にとって追い風となっているのは、与党の高支持率と、尹錫悦前大統領が2024年の「非常戒厳」宣布を巡って弾劾訴追されて以来、党勢を立て直せずにいる野党の混迷だ。李在明大統領は尹前政権の政策の一部を巻き戻し、首都における象徴的な動きとして、尹氏が国防省の庁舎内に移していた大統領府を青瓦台に戻した。
ソウル市長ポストを与党が確保すれば、過熱する不動産市場、出生率低下、大気汚染、慢性的な交通渋滞といった首都の課題への対応の幅が広がり、李大統領の進める国政改革を加速させる可能性もある。
鄭氏が地方政治で成功した鍵は、特定の政策ではなく、本人が「プラットフォーム行政」と呼ぶ統治手法にある。住民から寄せられる声に直接ショートメッセージで答えることで知られ、ブルームバーグの取材に応じた住民の中には、図書館前の段差の不ぞろいから街路の植木鉢のごみまで、さまざまな問題を本人に直接知らせたと話す人もいた。
鄭氏は、地区の特徴である赤レンガの建物を新たな住宅建設のために取り壊すのではなく、保存することに力を注ぎ、若者に人気の懐かしい雰囲気を街に残した。住民向けには、妊婦への家事支援や公立保育施設の拡充といった政策も導入。城東区の出生率はソウル市内で最も高い0.8にまで上昇した。
呉市長は電子メールでのコメントで、城東区の変貌の背景には長期にわたる取り組みがあったと指摘し、2010年に聖水がIT産業発展地区に指定された例を挙げた。
「聖水が短期間でホットスポットになったわけではない。基盤はソウル市がこの20年間、積み上げてきた努力の上に築かれた」と述べた。同氏は、尹氏の非常戒厳宣布にいち早く反対の声を上げた与党幹部の一人だった。
呉氏は、ソウル全体の出生率も22年に導入された包括的な政策支援が奏功し、24年の0.58から0.63に上昇したと指摘した。
かつて手作り靴の街として知られた聖水で、20年以上にわたって靴職人として働き暮らしてきたチョン・ヨンスさんは、街の興隆とともに、自身のなりわいの浮き沈み、そして仲間の靴職人が家賃高騰に押し出されていく光景を見届けてきた。
「街が人気になれば家賃は上がる。でも、家賃が2倍になっても、売り上げを2倍にできるわけじゃない」とチョンさんは語る。「政治家はたいてい何でも自分の手柄にしたがる。選挙が近づけば特にね。でも、誰か一人の政策で街が人気になるわけじゃないんだ」と話した。
鄭氏の手法が聖水のすべての住民の共感を得たわけではないが、同氏は、上からの開発モデルを押しつけるのではなく、住民を鼓舞しようと努めたと語る。聖水をニューヨークのブルックリンになぞらえたのは、その成功をそのまま再現しようとしたわけではなく、自分たちの街がどこへ向かえるのかを住民に示すためだったという。「ブルックリンは都市再生の代表例として際立っていた」が、聖水自体の変貌が軌道に乗ると、その比較は「必要なくなった」とした。
もっとも、ソウル市長選の勝敗を最終的に左右するのは、聖水の躍進ではなく住宅問題かもしれない。李政権は首都圏の住宅市場の過熱沈静化を最優先課題に掲げ、住宅の複数所有や投機的取引の抑制を目指している。
鄭氏は、住宅不足の解消には「予測可能な供給」の確保が不可欠だと主張し、「供給のボトルネックを解消する」と言明した。
市長選はこうした政策に対する有権者の反応を測るリトマス試験と見なせると、ソウルの時代精神研究所のオム・ギョンヨン所長は指摘。「不動産市場こそが最大の決定要素になる」と話す。
文化大国の韓国には、その世界的な影響力の高まりに見合う首都がふさわしいというのが鄭氏の持論だ。ソウルは長らく東京の陰に隠れ、地域で実力相応の地位を得られずにいる。言語の壁などもあって、シンガポールや香港のような日常生活の利便性ではいまだに見劣りする。
呉市長も、21年の時点で「ソウルは世界的な投資の観点から見れば、目立った都市ではなかった」と認めつつ、「今や順位を急速に上げている」と語る。自らの市政の下で「ソウルは企業や人材、投資が流れ込むグローバル都市というビジョンの下に設計されてきた」とし、その一例としてインターナショナルスクールの増加を挙げた。
「ソウルの次の一歩は企業や人材、資本、技術が共に成長する『世界の投資ハブ』への飛躍だ」と呉氏は述べ、外国人投資家向けの行政手続きの簡素化や、留学生の誘致と卒業後の労働市場での定着促進などの取り組みを挙げた。
一方の鄭氏は、ソウルがアジア地域の事業本部やグローバル企業を呼び込む必要があると考えており、聖水で実践したモデルは市全体でも通用するとみる。文化を育み、人材を呼び寄せれば、企業も集まってくるという発想だ。鄭氏が事業者登録の手続きを簡素化したことなどを受け、同地区で事業を営む企業数は14年から23年にかけて、スタートアップや大企業を含め70%増加した。
ソウルが地域の中核都市としての魅力を発揮しきれない一因は、核武装した北朝鮮からわずか50キロという地理的条件もある。それでも、ソウルが世界トップ2の都市になり得るといった鄭氏の信念は揺るがない。
「『コリアリスク』と呼ぶ向きもある。だが今や世界中が同じようなリスクに直面している。だから私はむしろ、これを機会だと捉えている」と語った。
原題:Ex-Mayor of Seoul’s ‘Brooklyn’ Sets Sights on Running Capital(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
©2026 Bloomberg L.P.