米国防総省は先に、イラン戦争にこれまで推計250億ドル(約4兆円)を費やしたと明らかにした。暫定的に示した数字とはいえ、アナリストの多くは笑ってしまうほど過小な見積もりだとみている。真のコストははるかに大きい。

そのコストには、世界経済や人道面への影響だけでなく、対処すべき重要な課題に手が回らなくなるという戦略的な代償も含まれる。その一例が北朝鮮だ。

過去数十年にわたり、米国の大統領は北朝鮮の独裁体制を中東の脅威などと一括りにし、「悪の枢軸」といった曖昧な枠組みで扱ってきた。その間、北朝鮮は米国および同盟国の韓国、日本にとって最大の脅威であり続けてきた。

そして米国がイラク、アフガニスタン、そして現在のイランといった他の標的に軍事力を行使するたびに、北朝鮮は金一族の歴代政権の下で、米国の攻撃を防ぐ唯一の手段は自前の核兵器保有にあるとの確信を強めてきた。しかも少数ではなく、米国のミサイル防衛を突破できる規模が必要だと認識している。

筆者は、2002年12月にテレビを見ていたときのことを今でも鮮明に覚えている。ニュースは分割画面で、メインでは米国のイラク侵攻準備を映し、小画面では国際原子力機関(IAEA)の査察官が北朝鮮から追放される様子を生中継していた。北朝鮮は翌月、核拡散防止条約(NPT)から脱退し、その約5年後に初の核実験を実施した。

その後さらに20年にわたり、米国の「朝鮮半島非核化」への試みが失敗に終わるなか、金正恩氏は不気味なほどに強力な核戦力を築いてきた。核弾頭は推定で50発を保有し、さらに50発分を製造可能な濃縮ウランも有する。加えて、核分裂性物質の生産能力もあり、年間およそ20発ずつ弾頭を増やし続けることが可能とみられる。少なくともフランスや英国(いずれも200発超)と並ぶ水準を目指しているとみられる。

北朝鮮の核戦力は、韓国との戦闘で使用が想定される比較的小型の戦術核(いわゆる広島型に相当)から、米国の都市を壊滅させ得る大型の熱核兵器(水爆)まで幅広いとされる。北朝鮮はまた、約20種類の運搬手段を開発、または試験している。これには、米国本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)や、探知されにくく、米国が地上の発射施設に先制攻撃を加えた後でも攻撃を実行できる潜水艦が含まれる。

通常戦力では米国や韓国に対抗できないことを踏まえ、金正恩氏は強力な核戦力こそが敵の抑止に不可欠だと判断したとみられる。こうした抑止力を背景に、地域で他の手段による影響力行使の余地も広がる。さらに情勢が不利に傾いた場合には核の先制使用(すなわち攻撃的使用)を認める方向へ、核使用の方針も変更しているとされる。

対照的に、米国が昨年6月と今年2月に攻撃した時点で、イランは核兵器を保有していなかった。米情報機関の評価によれば、核兵器の開発を積極的に進めていたわけでもなかった。

これらの対照的な結果は、金氏の認識の正しさを改めて裏付けている。北朝鮮はウクライナのようにはならない--金氏はそう早くから判断していた(ウクライナは1990年代、米英ロから安全の保証を受けるのと引き換えに核兵器を放棄した)。また、かつて核開発計画を放棄し、その後に独裁者が命を落としたイラクやリビアのようにはならないとも金氏は考えている。イランにとってのホルムズ海峡がそうであるように、北朝鮮にとって核兵器は体制維持の生命線なのだ。

米国務省の特使として北朝鮮との交渉経験を持つジョエル・ウィット氏は筆者に対し、中東情勢の展開を見ながら金氏は「おそらく満足している」と語った。

まず、米国防総省は韓国などアジア各地から兵力や弾薬をイラン戦域に移さざるを得なかった。これには高高度防衛ミサイル(THAAD)などの貴重な迎撃ミサイルも含まれる。仮にイラン戦争が年内に終結し、米国が態勢を立て直したとしても、数カ月前の戦略文書で示したほどの資源を東アジアの同盟国防衛に振り向けるのは難しいとみられる。

さらに米国はイラン戦争への対応に追われ、他の外交・政治課題は後回しとなっている。今週、トランプ米大統領が中国の習近平国家主席と北京で会談する際、その影響が表面化する可能性がある。

金氏と同様に、習氏やロシアのプーチン大統領もまた、イランでの泥沼化は米国の超大国・覇権国家としての衰退を示すものだとみている。その結果生じる力の空白に、中国やロシア、さらには北朝鮮までもが勢力を広げる余地が生まれる。

2018年と2019年にトランプ氏との首脳会談が決裂して以降、金氏は自国の孤立から脱し、ロシアや中国との間で新たな連携を築いてきた。2024年にはロシアと相互防衛条約を結び、ウクライナとの戦闘に北朝鮮兵を派遣している(その過程で現代のドローン戦の経験も積んでいる)。これに対しロシア側は、ICBMを含む先進兵器に関する技術的知見や通商面で応じている。

中国も北朝鮮との貿易を拡大している。さらに中国とロシアは、国連安全保障理事会の常任理事国としての拒否権を背景に、北朝鮮に対する国連制裁の履行から同国をかばう動きを強めている。かつては米国と協力して朝鮮半島の非核化を目指していたが、現在では北朝鮮を事実上の核保有国として受け入れている。

習氏は昨年9月、北京での大規模な軍事パレードにプーチン氏と金氏を招き、この準同盟関係を視覚的に示した。バイデン政権で国務省の東アジア政策を担当したジュン・パク氏は、金氏について「国際的な孤立した存在から、世界のパワープレーヤーへと変貌した」とみている。

中朝ロの3首脳はいずれも、米国が外国の政権中枢を次々と排除してきた手法に気付いていないはずがない。その手法は極めて効率的で殺傷性が高く、迅速に実行されてきた。実際、ベネズエラの独裁者を拘束し、さらにイランの最高指導者や多数の司令官を殺害してきた。

前出のウィット氏によれば、金氏はこうした事態への備えに長年強い関心を寄せてきた。ロシアは、指導部が壊滅した後でも米国への報復攻撃を実行できる「デッドハンド」と呼ばれる仕組みを長年整備してきた。金氏もこれに類似した対応を取り、状況に応じて核使用の権限を分散させているとされる。

以上を踏まえると、拙速ともいえる米国の対イラン戦争は、北朝鮮問題を一段と悪化させた可能性がある。トランプ政権1期目の時点ですでに自信を強めていた金氏は、いまや外交面でも軍事面でも一段と影響力を高めている。一方で、米国が見せる予測困難な振る舞いに対し、警戒を一段と強めてもいる。

金正恩氏はこれまでになく危険な存在となっている。だが米国には、それに対抗する有効な手立てが見当たらない。

(アンドレアス・クルス氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、米国の外交と安全保障、地政学を担当しています。以前はハンデルスブラット・グローバルの編集長を務め、エコノミスト誌に執筆していた経歴もあります。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:The Iran War Made the North Korea Problem Worse: Andreas Kluth(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp

©2026 Bloomberg L.P.