(ブルームバーグ):米ペンシルベニア州スクラントン在住のソフトウエアエンジニア、ジェイク・ネスラー氏(29)が投資に使っている人工知能(AI)は、稼働開始1週目に賢明な判断を下した。追随買いを見送ったのだ。
2025年11月下旬、エヌビディアの決算を受けて同社株が急騰した際、ネスラー氏自身のトレーディング思考を学習させたAIエージェント(ボット)は勢いに乗るべきか否かを自問自答の末、見送った。もし高値づかみをしていれば、その週に推定1万ドル(約156万円)の損失となった可能性があった。
ネスラー氏は本業の傍らオプション取引に取り組んでおり、心身ともに疲れていた。そんな折、AIスタートアップの米アンソロピックが「Claude(クロード)」でオフィス自販機を制御する実験を実施し、これに触発された。スナックではなく、株式をAIに売買させたらどうなるかと考えたのだ。
2週間半かけて、リスク判断や買いのタイミング、ポジションの規模をAIボットに学習させた。その後、アルゴリズム取引プラットフォーム提供会社アルパカのデモトレード用証券口座で10万ドルの仮想資金を用い運用させてみた。
「自分が別の作業をしていても、私同様の考え方で取引を実行する存在が欲しかった」と、ネスラー氏はインタビューで語った。
ただし、その後の成績は振るわなかった。投機的な取引で損失を重ね、5日間通した結果は一度の好判断以外は連続損失という内容にとどまった。
株式、暗号資産、予測市場にわたり、個人投資家がAIを訓練し、売買を担わせる動きが拡大している。リテール投資に新たな時代が到来した兆しだ。AI搭載ツールが投資成果を高めるとの見方が広がり、手作業で行われているプロセスは改善余地があると受け止められている。
オープンソースの「OpenClaw(オープンクロー)」などは、「ワッツアップ」や「テレグラム」といった一般的なメッセージアプリ経由でAIエージェントと対話できる環境を提供しており、株式投資志向の個人を引き付けている。専門的な技術教育を受けていなくても、AIに簡単な指示を与えるだけで、取引を執行してもらえる。
X(旧ツイッター)では、AIエージェントによる高収益をうたう投稿が一つのジャンルとなっている。470万回再生された投稿では、米予測市場プラットフォームのポリマーケットで2日間で5860%のリターンを達成したと主張されたが、別のAI関連アカウントにより否定された。中にはマルウエアへ誘導する投稿もあり、投資家にとって新たなリスクとなっている。
こうしたAIボットの構築環境は大幅に容易になった。ロビンフッド・マーケッツのようなアプリで育った世代にとっては、自動化の延長線にある。パブリック・ホールディングスなど取引プラットフォーム側も、自社エージェントの提供に乗り出している。
一方で、実際に利益を上げる難しさは変わらない。
ネスラー氏のAIボットは投資先が大型株やS&P500銘柄に偏り、短期的な値動きが乏しいポジションを選好する傾向があった。同氏は自身のリスク志向に合わせようと、何度もボットを調整する必要に迫られた。
この問題はAI技術に内在するものだ。クロードのような大規模言語モデル(LLM)は、金融助言やリスク管理の文献、市場分析など膨大な学習を行っている。このため特段の指示がなければ、責任ある投資に関して一般的な見方を取り込み、さまざまな金融アドバイザーによるブログを合わせた中で平均的な内容の振る舞いをする公算が大きい。
ネスラー氏が調整した後のボットは30日間で約7%のリターンを記録し、同期間のS&P500の約4.5%を上回った。ただしその間、最大22%の下落(ドローダウン)を経験し、ボラティリティーへの許容度が試された。同氏は他人も試せるようにコードを公開したものの、資金を実際に投じる運用は勧めていない。
「利益を出すのは十分可能だが、オプション取引では運が良ければ誰にでもできる。しかも、そこで稼いだ利益を失わないという保証にならない」と述べた。
予測市場向けトレーディングターミナル運営会社カイロスのジェイ・マラヴィア共同創業者にとっては、どこかで聞いたような話だ。
「トレーディングはゼロサムゲームだ」と語るマラヴィア氏は、優位性はそもそも大衆社会で共有された時点で消えると指摘。「機能するボットを持っているなら他人には渡さないだろう」とし、「オンラインで公開したいとは思わないはずだ」と続けた。
Xやレディット、テレグラムで起きている動きは、マラヴィア氏らには見慣れたパターンだ。21年のミーム株ブームでも、ソーシャルメディアで取引アイデアが共有され、利益が誇張されて拡散された。AIエージェントはそこに複雑性を加え、検証をさらに難しくさせる。(カット?ダッシュボードの画像は証券口座明細より反証が困難だ。その技術は神秘性を帯び、人々にその能力を信じさせる力がある。)
それでも需要拡大を受け、取引プラットフォームはボット対応を進めている。ポリマーケットのほか、OKXやバイビット(Bybit)、クラーケンといった暗号資産(仮想通貨)交換業者はここ数カ月、AIエージェントが取引しやすいインターフェースを相次いで導入した。狙いは明確だ。ボットは取引頻度が高く、取引所は出来高によって成り立っている。
一方、元クオンツトレーダーでデリバティブ取引所QFEXを率いるアナネイ・カピラ氏は懐疑的だ。予測市場は取引量が少ない場合が多く、AIエージェントは資金を迅速かつ大規模に投入しにくい。スポーツや選挙は人気分野だが、こうしたイベントを取引対象とすると、高度なスキルを持つ参加者との対峙(たいじ)を強いられ、AIでは太刀打ちできない可能性が高い。
予想市場でAIを活用するには「株価予測と同様のモデルが必要だ。1秒後の株価がどうなるかをLLMに尋ねるようなことはしないはずだ」と同氏は指摘する。
AIエージェント普及は初期段階で、市場への影響は未知数だ。ただし予測市場では、セクター自体の理念を根底から覆す可能性がある。
ポリマーケットや、予測市場プラットフォームを運営する米カルシなどのイベント契約は、単なるリターン以上の意味を持つ。市場自体が予測動向を反映する役割を果たしているためだ。参加者は何らかの情報を持つか、少なくとも強い確信を抱き、実際に資金を投じている。しかし、グーグル検索で得られる情報に基づいて売買するAIエージェントは新たな知見を加えず、既存情報を再利用するにとどまる。
選挙やスポーツの結果に見識を持つ人間が相当数のボットによって排除されれば、予測市場は予測ツールとしての役割を失い、エコーチェンバー(共鳴の部屋)に近いものとなる。その結果、市場はインターネット上の既存の見方を平均化する装置となり、逆張りのような聡明(そうめい)な判断は失われる。
プロ向け予測市場向けターミナルを手掛けるFireplace(ファイヤープレイス)のスメール・マルホトラ共同創業者は魅力と限界の両方を指摘する。「AIエージェントは感情に左右されない。客観的な論理と制約だけで判断する」と述べた。
ネスラー氏は予測市場でもAIボットを試したことがある。カルシのプラットフォーム上で約30ドルをボットに与え、スポーツ結果を調査させ、最も可能性が高い結果に賭けさせたが、「成果は振るわなかった」と話した。
一方、ビットコインの価格レンジ予測では約60%の勝率を記録したが、最終的には資金を失った。
「スロットマシンみたいな感覚だ。勝つこともあれば負けることもある」
原題:The Messy, Booming, Unproven World of AI-Powered Day Trading(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
©2026 Bloomberg L.P.