(ブルームバーグ):ドル覇権の打倒は中国にとって長年の悲願だった。転機となったのは、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻だ。今も続くこの戦争を機に、世界の資金移動を支えるメッセージングシステムからロシアの金融機関が一夜にして排除された。
しかし2022年当時、中国人民元は覇権通貨に対抗できる段階には程遠かった。競争相手として浮上するには、その後4年の準備と、もう一つの戦争が必要だった。
筆者は今年2月、人民元がドルに挑む兆しを決済フローの中に求めても見当違いだと指摘した。今後長年にわたり、脱ドル化は金融インフラの追加や改変の中に潜む形で進むとみられる。
中東での紛争は、状況を一変させた。海上輸送されるイラン産原油を最も多く買い入れているのは中国だ。中国の製油所が支払う代金は、ドル取引から切り離された中国の小規模銀行に置く「管理された口座」に預け入れられている。
米シンクタンクのアトランティック・カウンシルによれば、これらの資金は国内の請負業者への支払いや輸入決済に充てられ、いわば石油と物資の交換となっている。
さらにイラン政府は、ホルムズ海峡を通過する船舶からの通航料について、暗号資産(仮想通貨)または人民元での支払いを受け入れると表明した。
これは米国の金融覇権に対する同時多発的な反発であり、決済通貨、メッセージングシステム、決済メカニズムの3つの面で進行している。
仮に和平合意によって対イラン制裁が解除されれば、ドルは失った信認の一部を取り戻す可能性がある。それでも人民元が消えることはない。次の地政学的危機に備えて潜伏するだけだ。
国際決済の約50%を占めるドルの支配は際立っている。国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、人民元のシェアは2.7%で、2024年よりも低下している。
それでも中国は人民元を代替手段として本格的に売り込んでいる。「デジタル人民元」はブロックチェーン(分散型デジタル台帳)上で機能し、メッセージングと照合、資産移転を一体化したシームレスな仕組みを実現する。
これにより、米国が世界の金融フローを監視する窓口であるSWIFTを迂回(うかい)できる。中国と香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビアの中央銀行が共有するデジタル基盤プロジェクト「mBridge」は、すでに550億ドル(約9兆円)超の貿易を処理しており、その95%をデジタル人民元が占めている。
CHIPS対CIPS
もっとも、ブロックチェーンは債権・債務の決済手段としてはまだ一部に過ぎない。国際送金の大半はニューヨークの民間機関であるクリアリングハウス銀行間決済システム「CHIPS」に集中している。
参加金融機関は米連邦準備制度理事会(FRB)に開設した資金口座を使って決済を行い、いずれも米国内に拠点を置くため、米国法の適用を受ける。
中国が不満を抱くのはまさにこの点だ。米司法省が華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟最高財務責任者(CFO)を銀行・電信詐欺で訴追した際、根拠としたのはCHIPSを経由したドル取引だ。米国法では、ドルを示すデジタル情報がたとえ一瞬でも米国内のサーバーに触れれば、米政府に管轄権が生じる。
CHIPSを回避するため、中国は人民元建て決済を処理する独自の越境銀行間決済システム「CIPS」を構築した。イラン戦争が激化した3月、CIPSの1日平均取扱高は過去最高の9210億元(約21兆円)に達し、前月からほぼ50%増加した。

CHIPSを通過する2兆2000億ドルに比べれば規模は小さいものの、この代替ネットワークの成長は注目に値する。データは、構造的および地政学的変化に後押しされた著しい変貌を示している。2021年時点でCIPSは日次取扱高約3500億元の静かなインフラに過ぎなかったが、2024年初頭までに6000億元の水準を突破した。
きっかけは2023年12月、ロシア向け取引を仲介する外国銀行に対する2次制裁を認めた米大統領令だった。ドルから完全に切り離されることを恐れたUAEやトルコ、中央アジアの銀行は決済の人民元への移行を急いだ。
中国の弱い内需も追い風となった。ディスインフレにより国内金利が低下する一方、ドルの調達コストは上昇し、貿易金融における人民元の魅力が高まった。
香港の銀行は最近、顧客からの人民元建て融資需要の強さを背景に、中国本土の流動性へのアクセス枠を倍増させた。昨年はDBSグループ・ホールディングスのシンガポール部門がCIPSの海外直接参加行となった。
SWIFTを完全に避け、独自のメッセージング規格でCIPSに直接接続する銀行は、2024年以降で40%近く増加し、193機関に達した。これに対し、参加機関が42にとどまるCHIPSは、はるかに閉鎖的だ。
米外交問題評議会(CFR)のリポートでベン・スタイル、ユマ・シュスター両氏が指摘したように、SWIFTのデータが示す人民元のシェア低下は誤解を生む。利用が減っているのではなく、貿易のメッセージが非公開化し、可視性が低下していることを意味する。
米シラキュース大学のダニエル・マクドウェル教授は2020年、米国が比類なき金融パワーを行使するほど、その力は弱まる可能性があると論じた。
その後の展開はこの見方を裏付けている。世界の原油・液化天然ガス(LNG)の2割がホルムズ海峡を通過する。その2割に関連する決済が米財務省の目に触れないデジタル経路で動くのであれば、米国の国際金融支配に実質的に期限が設けられたことになる。
(アンディ・ムカジー氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで事業会社や金融サービスを担当しています。以前はロイターやストレーツ・タイムズ、ブルームバーグ・ニュースで働いていました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:The Iran War Is China’s Global Payments Debut: Andy Mukherjee(抜粋)
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