インフレ傾向が続く日本で値上げが相次ぐ中、その流れにあらがう存在がある。1973年の創業以来、ほとんど値上げをしてこなかったイタリア料理チェーン、サイゼリヤだ。

看板メニューの「ミラノ風ドリア」は税込み300円。グラスワインは100円だ。1000以上ある全国のどの店舗でも同一価格で、東京・銀座の店でも例外ではない。2020年に硬貨のやり取りを省略するため、メニューの大半で端数の1円を引き上げたのを除けば、全体的な値上げは行っていない。

「コスパがよく、家計の助けになっている」。週に2回ほど利用するという千葉県在住の藤田拓海さん(27)は幼い頃から通っているサイゼリヤは「自分にとって家のような存在」だと語る。昔と比べても価格はほとんど変わっておらず、住まいを選ぶ際には近くに店舗があるかどうかも判断基準の一つにしているとも話した。

他の飲食店が次々と値上げに踏み切る中、藤田さんのような消費者からのサイゼリヤへの支持は強まるばかりだ。既存店売上高は3月まで39カ月連続で前年同月比2桁成長を達成した。ただ、イラン情勢の緊迫化でさらに大幅なコスト増が見込まれており、繁盛する店舗の様子と裏腹に経営環境はこれまで以上に厳しさを増している。

8日には今期(26年8月期)の営業利益予想を182億円に従来の190億円から下方修正した。客数と客単価は増加傾向が見込まれる一方、米など食材価格上昇の影響が大きいという。翌日の株価は前日比14%安と約15年ぶりの下落率を記録した。

SMBC日興証券の皆川良造アナリストは、「業績の最大のカタリストは国内での値上げ」と指摘。「10%以下の値上げであれば客数への影響なく値上げ分がそのまま増益になるのではないか」と述べた。

松谷秀治社長は決算会見で、イラン情勢を背景にエネルギー価格上昇が飼料などを通じて原材料価格全体に波及し、「最終的にすべてのコストが上がる」との見通しを示した。特に懸念しているのは物流費で、大きく上振れする可能性があるという。

ただ、外食は調理から提供までの間で改善の余地があり、企業としてコストを下げるために努力する必要があると指摘。値上げについては「今はない」との考えを示した。

中古のカローラ

サイゼリヤが価格維持にこだわる背景には、創業者で現在は会長の正垣泰彦氏(80)の哲学がある。東京理科大在学中に千葉県市川市で1号店を開いた同氏は、値上げは企業側の都合に過ぎず、顧客の利益にならないとの考えから、徹底した効率化とコスト削減を追求してきた。「値上げをしてお客さまに負担を求める前に、私たちが改善できることは無限にある」。正垣氏は自著でそう記している。

正垣氏を40年以上知り、1号店跡地を活用した教育記念館の広報担当を務める大山達雄氏によると、同氏は「ムリ・ムダ・ムラ」をなくすことに徹底してこだわっていた。

例えば「ソースを袋から出す際に3%残るなら、どうすれば2%にできるか」といった細部にまで目を配り、その積み重ねが億単位の利益につながると教えられたという。無駄な金遣いを嫌い、高級車に乗る経営者に「中古のカローラに乗れ」と叱ったこともあったと振り返る。

その思想を体現するのが、中間業者への依存を極力減らすサイゼリヤのビジネスモデルだ。同社は国内外に七つの自社工場を設立し、食材の内製化を進めてきた。ドリアは、福島県の自社工場で精米した米に、オーストラリアの工場で製造したミートソースとホワイトソースを組み合わせる。レタスは自社栽培し、オリーブオイルやワインはイタリアの生産者から直輸入している。

この「自社一貫モデル」により卸業者を排除しつつ、品質と価格をコントロールしている。工場での集中生産により、店舗での調理工程も最小限に抑えられている。野菜はサラダ用に下処理済み、肉もカット済みのため、店舗の厨房(ちゅうぼう)では包丁を使わず、最終加熱や盛り付けだけで済む。

大和証券の津田和徳アナリストは、サイゼリヤは調達先を変更したり、内製化に切り替えたりするなど「自動車メーカーのような発想や工夫が多い」と話す。

筆頭株主

サイゼリヤについて研究した作新学院大学経営学部の中川仁美教授(会計学)は、アパレル大手ファーストリテイリング傘下のユニクロのようなSPA(製造小売り)型の発想を外食に持ち込んだ先駆的な企業だと指摘する。

資本効率と高い回転率によって低価格を実現しており、「低価格を前提にビジネスモデル自体を設計し、最初から値上げを前提としていない。多くの飲食業が販売で戦うのに対し、同社は供給で戦っている」と分析する。

実際、外食チェーン各社がテレビやSNSで販促を行う中、同社は広告にほとんど費用をかけない。一時的な集客増による需要の波が、効率的な店舗運営を損なうと考えているためだ。

サイゼリヤの半期報告書によると、正垣氏は今年2月28日時点で個人で27.58%を保有する筆頭株主だ。値上げをしない背景には株主の意向を気にせず、創業者の哲学に沿った経営に集中できる株主構成もある。

一方で、価格据え置きが収益の重しになっているのも確かだ。直近の四半期(25年12月-26年2月期)では営業利益の6割以上をアジアを中心とする海外が占めた。国内事業の営業利益率は3.5%にとどまる。

もう1品

ただ、サイゼリヤの国内客単価は862円と、4年前と比べて90円以上伸びている。松谷社長は、物価高で消費を切り詰める中でも安いお店ではもう1品食べようとぜいたくする動きがあると話す。さらに、利益率の高いデザートメニューも組み合わせてもらうことで値上げせずに売り上げを伸ばす戦略だ。

中東情勢の緊迫化によるエネルギー価格上昇や円安傾向が続く一方、日本の実質賃金は1月に13カ月ぶりに増加したことなどもあり、株式市場ではサイゼリヤに値上げを期待する声も出ている。正垣氏も自著では、将来的な値上げの可能性までは否定していない。

「今後賃金が上がっていき、お客さまの懐に余裕ができたとき」に、かたくなに値上げをしないのは社会の変化を無視することになるという。その上で「もしサイゼリヤが値上げをするとしたら、それはお客さまが困らなくなったとき。お客さまに経済的な余裕ができるまで、私は値上げに踏み切ることができない」と記している。

松谷社長は会見で、給料が上がって顧客が使えるお金が増えれば当然それに見合った形で価格を上げていけばいいとした。一方、機会損失をなくすことが重要で、営業時間の延長やピーク時の回転率向上、朝食メニューの充実など今は「売り上げを伸ばせる取り組みはまだまだある」と述べた。

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