タスク管理ツール「Trello(トレロ)」のアトラシアンやフィンテック企業のブロックなど、人工知能(AI)の導入を人員削減の理由に挙げる企業が増えている。シンガポールに本拠を置く暗号資産(仮想通貨)企業クリプト・ドットコムも最近、従業員の12%を減らすと発表した。

だが、こうした発表に欠けているのは、AIが具体的にどのように従業員に取って代わっているのかという証拠だ。AIが雇用を破壊しているのか、生産性を押し上げているのか、あるいは定型業務を再編しているのかについての包括的なデータは、せいぜい断片的にしか存在しない。

その空白は、恐怖をあおる言説や市場に都合のよい説明で埋められている。AIが働き方を変えつつあるのは確かだが、政府や企業のリーダーが効果的に対応するには、はるかに多くのデータと透明性が必要だ。

「いいね」などのエンゲージメント(反応)に基づくアルゴリズムが公共の言論を形作る世界では、最も大きな声が最も精緻とは限らない。ここ数週間、大規模なホワイトカラー削減を巡る話が爆発的に拡散し、市場を動かす場面すらあったが、確かな証拠には乏しい。こうしたナラティブ(物語)は強い影響力を持つ。

しかし、より大きな危険は、AIがすでに雇用崩壊を引き起こしていることではなく、こうしたニュースが、将来の労働力を育てる初級職が静かに削られていく実態を覆い隠していることにあるのかもしれない。

旧来型のコスト削減をイノベーションのように装っているのではという疑念から、いわゆる「AIウォッシング」という言葉も生まれ、急速な技術変化の時期に求められる難しい政策対応から目をそらす要因になっている。

投資家はAIウォッシングにそう簡単に惑わされるべきではない。新型コロナ流行期の過剰採用や景気循環に対応した雇用の引き締めを、イノベーションや効率化と言い換えることは、短期的には株価を押し上げるかもしれないが、健全なファンダメンタルズや適切な経営を裏付けるものではない。

アジアの強み

人員削減の物語はアジアには必ずしも当てはまらない。日本の上場企業246社を対象としたある調査によれば、AI導入後に約3割の企業が従業員を増やしていた。

昨年10月に公表された経済協力開発機構(OECD)の報告書は、人口減少に伴う慢性的な労働力不足や長期雇用の傾向により、日本ではAIによる雇用喪失は他の地域ほど一般的ではない可能性があると指摘。一つの会社で長期間働き続ける傾向も残っており、日本の労働者はAIを雇用破壊ではなく新たな雇用創出の源と捉える傾向が強いと論じた。

韓国でも同様の関係が見られる。国際通貨基金(IMF)の研究者らは、雇用の約半分がAIの影響を受け得るとしつつも、技術導入によって高齢化の負の影響を緩和できる可能性があるとみている。

だからといって、安心していいわけではない。高齢の働き手や非正規雇用、初級職の従業員は、この変化の恩恵を受けにくい公算が大きく、的を絞った訓練や職場での導入プログラムの重要性は一段と高まる。真の課題は、労働力不足の緩和にAIを活用しつつ、不平等の拡大や生計の不安定化を招かないようにすることだ。この点でアジアはリーダーシップを発揮できる。

実際に分かっていることと主張されていることの隔たりは、すでに大き過ぎる。ホワイトカラーの仕事が18カ月以内に完全自動化されるといった業界リーダーの過熱した予測は、分析ではなくマーケティングに過ぎない。

そしてそれはテクノロジーそのものにとっても有害だ。AIに対する社会的信頼は脆弱(ぜいじゃく)だ。普及を望むテック業界のリーダーは、あらゆる組織再編を人間の不要化や機械の優位性の証拠として売り込むのをやめる必要がある。

人員削減の規模が過大に語られているとしても、初期的な兆候は、その痛みが初級職に最も集中する可能性を示している。かつてインターンや若手社員が担っていた業務をモデルに置き換えることは、短期的には合理的かもしれない。だが、それは近視眼的な選択だ。

AIの大きな限界の一つは、依然としてハルシネーション(誤情報生成)、つまり誤った出力にある。企業や医療機関、社会全体での活用には人間による監督が不可欠だ。しかし、自ら専門性を培ったことがなければ、機械の出力を適切に検証することはできない。企業は、知識労働者が試行錯誤と反復、そして指導の下で学ぶ徒弟的な層を空洞化させるリスクに直面している。

人材投資

例えば筆者の業界では、経験豊富な編集者は、AIツールが文章に散りばめがちな決まり文句や反復表現、過度に劇的で一貫性を欠く比喩を即座に見抜くことができる。何百もの設計図を検証してきたエンジニアであれば、自信過剰なコンピューターシステムが提示する洗練された解決策が現実では機能しない場面を見抜ける。

これは、雇用主だけでなく政府にとっても懸念材料だ。特に中国や東南アジアでは、すでにZ世代の雇用危機が表面化しつつある。次世代人材への投資を怠れば、必ずしっぺ返しを受ける。高学歴の若年層が大量に失業する状況は、社会の安定に資するものではない。企業や大学、政策当局は、こうした育成経路や初級職を守るため、より多くの対応を講じる必要がある。

AIが雇用に与える影響に対処しようとする政策当局や議会はまず、AIを人員削減の理由として公表する企業に対し、その実態の開示を義務付けるべきだ。

すなわち、どこでAIが活用されたのか、どの業務が変わったのか、どのような生産性向上が測定されたのか、そして実際に何人の雇用が削減されたのか。そうして初めて、政府は、より強固なセーフティーネットから的を絞った訓練や再教育プログラムに至るまで、妥当な対応策を構築できる。

AIはすでに労働市場を変えつつある。しかし、真の危険は、見出しを飾る現在の人員削減ではなく、未来の労働力を支える基盤が徐々に空洞化していくことにあるのかもしれない。

(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジーを担当しました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:AI Washing Distracts From a Deeper Crisis: Catherine Thorbecke(抜粋)

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