女性活躍の議論で「女性たちのキャリアへの意識が低い」という言葉を聞くことがある。

確かに、管理的職業に従事する人は男性104万人に対して女性20万人と、男性の5分の1に過ぎず(総務省「2024年労働力調査」)、ニッセイ基礎研究所の調査でも、女性は男性ほど管理的地位への志向が高くない。

「総合職」や「一般職」というコース別雇用管理制度がある企業では、主に補助的・定型的な職務を行う「一般職」を選択する女性が従来から多かったし、今でも、コースの有無に関わらず、補助的な職種や職務で働く女性は多い。

学生時代から「女性活躍」の情報に触れてきた若い女性に関しては、キャリア意識は高まってきているが、ミドル以上だと時代背景も違い、そうはいかない。企業人事にとっては、ミドル女性の活性化は課題の一つと言えるかもしれない。

しかし、仕事への意識は、入社時から中堅、ベテラン、定年までずっと同じとは限らない。

たとえ入社時に低くても、様々な経験を経て、中堅になる頃には立派な戦力に成長しているということもある。逆に、総合職採用で期待されていた若手が、皆、実際に幹部人材となる訳でもない。

意識や意欲は、環境によって変化するというのが筆者の基本的な考え方であり、ミドル女性たちの活性化も可能だと考えている。

今月出版された拙著『女性たちの定年後~お金・仕事・暮らしのリアル』(祥伝社新書)の中では、女性のキャリアや暮らしに関する多様なデータと、定年世代の女性11人へのインタビューを掲載した。

インタビューの中では、女性たちが社会に出た頃から現在に至るまでのライフストーリーを、時代背景とともにリアルに描いた。本稿では、同書の中から、企業人事の方にもヒントになる事例を抜粋して紹介したい。

11人のうち、現在、エネルギー会社で、定年後再雇用で働くUさん(62歳)は、短大で会計を学んだ後、20歳で一般職として入社した。担当は出納事務。

当時の職場を振り返って「男性はほぼ総合職なので、入社当初からいろんな育成のプログラムがありましたが、一般職の女性は異動もなく、言われたことをするだけで、実質的な考課もありませんでした」と、女性が育成から外されていた実態を語る。

そのような雇用環境で、Uさんは毎日、夕方5時25分の定時に終業。当時はバブル真っ盛りで、毎晩いろいろな懇親会に誘われてはご馳走になり、午後6時半には酔っぱらっているという生活だったという。

Uさんは「入社当初は仕事に対するモチベーションが低く、働くなんて嫌で嫌で仕方なかった」と話す。

Uさんはその後、次第に仕事に対する意識も働き方も変わり、50歳で総合職に転換し、チームリーダーとして会社の重要施策を担うまでに至ったが、そこに行き着くまでに、何度か転機があった。

最初の意識の変化は、「異動」によって生まれた。

毎晩、懇親会で社内のいろんな人と接点を持つうちに、営業部の「鬼上司」に呼ばれて営業部に異動したことである。

営業部といっても、実際に顧客のところへ行くのは男性で、女性は資料作りなどの営業事務が担当だったが、Uさんはそのうち、エネルギー価格の市況を自分で調べて報告書を作成したり、それまでは男性が担当していた専門的な業務を任されたりして、仕事にやりがいを感じるようになっていった。

30歳手前でその鬼上司が亡くなった時に、当時の副社長から「よくあれだけ大変な男に仕えてくれたね」と労われ、「ちゃんと見てくれている人がいるんだ、仕事はきちんとやらないといけない」と思ったという。それが、最初の転機となったという。

その後、着々と業務をこなしていたUさんに、“揺らぎ”が生じてきたのは、40歳前後の頃。

会社の上場や統合によって、優秀で成長意欲の高い女性たちが総合職として続々と入社するようになった。

ちょうど、採用での男女均等を義務化する改正男女雇用均等法が施行された頃だ。Uさんは、表面上は職場の「お姉さん」として、コミュニケーションによって職場を円滑に回す役回りを果たしていたものの、自身には確固たるキャリアもスキルもないことから、内心では若い女性たちを“脅威”に感じていたという。

その頃たまたま労働組合の役員を依頼され、引き受けたことが、職業人生で最大の転機となった。

それまでバックオフィスの経験しかなかったのに、組合を代表して、現場勤務の男性社員たちに取組を説明しなければならない。

やがて、組合員の労働相談に乗り、寄り添い、どうやったら働きやすくなるか、対策を考えて労使交渉するうちに、「人の支援」にやりがいを感じ、ライフワークとなる「キャリア支援」の道に出会う。

そこからUさんは、加速度的に学びと挑戦を重ねていく。週末に産業カウンセラーやキャリアコンサルタントなどの養成講座に通い、資格を取得してから希望を出して人事部に異動。

一般職では、仕事の範囲が限られていたことから、50歳で総合職に転換。単身赴任やチームリーダーも経験し、人事の重要施策の開発、企画、運営などを任されるようになった。

振り返ると、人生で一番仕事をしていたのは50代だったという。

このように、入社後は「平々凡々とOL生活を満喫していた」Uさんが、総合職に転換し、チームリーダーを務めるようになったのは、もちろん、Uさん自身が「確固たるキャリアもスキルもない」という現実を受け入れ、優秀な女性の後輩たちの増加という環境変化を察知し、労働組合役員への挑戦や資格取得の努力を行うという、心の強さの持ち主だったという属人的な問題もあるだろう。

一方で、入社当初の「異動もなく、言われたことをするだけで、実質的な考課もない」という雇用環境から、営業部へ配置転換し、やりがいのある職務を与えられたこと、そして「副社長からの労い」という、仕事での頑張りに対して本人が「見返り」と感じられる出来事があったこと、労働組合という従来とは全く異なる仕事を経験したことが、Uさんを変えていったことは事実だ。

企業側が社員にずっと決まりきった業務を行わせるだけで、実質的に考課も行わないのであれば、頑張っても頑張らなくても結果は同じなので、社員のモチベーションは上がるはずもない。

Uさんのライフストーリーは、領域や難易度が異なる職務経験を積ませることが、仕事への意識を変えることを教えてくれている。

「仕事が人を作る」という、従来から(おそらく男性を想定して)言われていることは、女性にも当てはまるのである。

職務経験が女性のキャリアへの意識を変えることは、先行研究でも指摘されている。

よく知られるのが、中村恵(1988)「大手スーパーにおける女性管理者・専門職者」『職場のキャリウーマン』(東洋経済新報社)の調査である。

同著では、大手スーパーで管理職や専門職を務める女性たちに対する聞き取り調査から、キャリアへの意欲が高まっていった過程を明らかにしている。

調査によると、彼女たちは全員、入社当時は、「流通業に対して強い目的意識を格別有さず、数年働いたら退職して結婚しようと考えていたいわば『ふつうの女性』にすぎなかった」が、会社側の女性活用施策によって、売場(または職場)を任され、自らの工夫で売場(または職場)を組織していく経験を経たことで、次第に意識が変わり、長期勤続し、能力発揮して重要な職務に就くようになったという。

具体的に言えば、一つの売場の商品構成やレイアウトを自ら考え、販売動向をにらんで売れ筋・死に筋を分析・把握し、売場全体を作っていく、といったチーフクラスの仕事が挙げられる。バイヤーの仕入れ商品に注文をつけたり、自ら商品のセレクトに関与したりすることもある。

つまり、自分の裁量で売場を構成することができ、成果に結びついた時は楽しく、成果が表れないときは悔しく、そうこうするうちに流通業の仕事の面白さを知り、仕事への向き合い方が変わり、社内評価も上がり、またもう一歩高度な仕事にもチャレンジしてみたくなる、といった好循環が起きたのである。

「経験が仕事への意識、意欲を高める」という考え方は、労働経済学で従来、議論されてきた「統計的差別」とは逆の道筋である。

統計的差別とは、過去の経験から、女性は男性よりも勤続年数が短いことから、女性を中長期的人材育成の対象とすると訓練コストの膨大な損失になると「合理的に」判断し、女性をこのような育成対象から外すというものである。

結果的に男女差別を正当化する理論だと言える。しかし上記のように、職務経験を積ませること(=育成)によって、寧ろ女性の意欲を高め、雇用継続と能力発揮につながるならば、育成対象から外すことは企業にとって損失になる。

別の観点からも、ミドル女性に職務経験を積ませることは、企業にとって重要だと言える。

リスキリングという課題である。

パーソル総合研究所の小林祐児氏らの研究によると、働く人がこれまでに経た職務経験は、リスキリングへの姿勢に関連している。

リスキリングとは、新しいスキルを習得することであり、そのためには、その手前で古いやり方を意識的に棄却する「アンラーニング」が必要だと言われている。

小林氏らの調査によると、そのアンラーニングに向かわせるものは、業務上の
「(1)修羅場体験」(顧客との大きなトラブル対応など)、
「(2)越境的業務」(アウェーの環境で働いた経験)、
「(3)新規企画・新規提案の業務」の三つである。

これらを経験すると、これまでの自身のスキルや知識だけでは目の前の問題に対応できないことを悟り、「限界認知」を得て、アンラーニングに向かっていくという。

ところが中高年女性の場合、これらの三つの経験が他の性・年代に比べて少ないことが明らかになった。

言い換えると、中高年女性では、「修羅場経験」などの難易度の高い業務を経験した人が少ないため、自身の能力の限界や経営環境の変化に気付くことができず、リスキリングへの取組が遅れるということだ。

つまり、入社以降の職務経験が限られていることが、単に過去の活躍の舞台を制限しただけではなく、仕事に対する意識や意欲を高められなかったために、ミドル期から定年までの活用の足かせにもなっているということである。

現に、厚生労働省の「能力開発基本調査」によると、2024年度に企業からOFF-JTを受講した正社員の割合は、男性が47.7%に対して女性は39.1%と低い。

企業としても、女性にキャリアパスを示し、様々な職務を割り当てておかなければ、仕事への意識を高められず、中年以上になってリスキリングもできず、やがて活用の道を見つけられずに「余剰人材」になってしまうリスクがある。

本稿で示したような事例や先行研究を基に考えれば、ミドル女性の活用が課題になっている企業でも、今からミドル女性たちの配置を見直したり、研修の受講機会を提供したりするなど、育成に努めれば、キャリアへの意欲や意識を高めることはできるのではないだろうか。

女性の長期雇用が増えている以上、過去に旧一般職として採用した女性たちの育成についても、本腰を入れて取り組むべきだ。

本稿で紹介したUさんのように、入口では一般職採用だったとしても、様々な職務経験を積むチャンスを与え、また、職種転換の道をオープンにしておくことで、企業に貢献する人材となり得ると考えられるからである。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子)

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