サウジアラビアは数十年にわたり最悪の事態に備えてきた。そのため、米国とイスラエルによるイラン攻撃で重要なホルムズ海峡が事実上封鎖されると、世界最大の原油輸出国であるサウジは、数時間以内に緊急対策を発動した。原油の流れを維持するための対策は45年越しで実行に移された。

その中核を担うのが1980年代に建設された全長1200キロメートルのパイプラインだ。中東情勢が変化する中で重要性を増しているこの東西パイプラインは、同国東部の巨大油田からアラビア半島を横断し、紅海沿岸の港湾都市ヤンブーに至る。現地にはサウジ産原油の積み込みを待つ大型タンカーが集結し、船舶は日々増えている。

国営石油大手サウジアラムコは、この新ルートでどこまで迅速かつ持続的に輸送量を拡大できるかという試練に直面している。ブルームバーグがまとめた船舶追跡データによると、ヤンブーからの原油輸出は20日時点で5日移動平均366万バレルに達し、戦前のサウジ全体の約半分となった。19日にはイランの攻撃を受け一時積み込みが停止しており、不安定な環境下で供給が変動し得ることを示した。

同パイプラインは、世界の原油供給に高まる圧力を緩和する重要な逃げ道となる。通常、ホルムズ海峡を通過する原油は1日当たり約2000万バレルで、世界消費の5分の1を占める。輸出経路を失った産油国が減産を余儀なくされる中、市場安定役を自任してきたサウジには有力な代替手段がある。

米ライス大学のジム・クレーン氏は「東西パイプラインは今や戦略的な妙手に見える。世界経済全体にとってこの稼働はプラスだ」と指摘する。

さらにクレーン氏はトランプ米大統領に言及し「ホルムズ回避ルートがなければ、同盟国への支援要請はさらに切迫したものになっていただろう」と語る。トランプ氏は21日、ホルムズ封鎖の解除を48時間以内に行わなければ発電所攻撃に踏み切るとイランに最後通告を出した。これに対しイランは、地域内の米国およびイスラエルのインフラ、とりわけエネルギー施設を攻撃する可能性を示した。

同パイプラインは1980年代のイラン・イラク戦争の副産物で、3月以降その存在感を強めている。高度な掘削や複雑な処理技術、世界規模の物流網を誇るアラムコだが、現在は比較的ローテクな手段に依存して事業を維持している。東西を結ぶ同パイプラインにより、ヤンブー港からの原油輸出が急増し、戦前の1日80万バレル未満から4倍以上に急増している。

戦争勃発直後、ホルムズ通過が不可能となったことからアラムコは顧客に連絡し、ヤンブーへの航路変更を要請した。サウジの海運大手バーリも同様の働きかけを行った。3月4日までにアラムコはパイプラインの稼働を本格化させ始めたことを確認。数日後にはインドの大手精製会社がヤンブーからの原油を購入、代替ルートの実効性が示された。

3月10日までに少なくとも25隻の超大型タンカーがヤンブーに向かっていた。海運関係者によると、バーリは十分な船舶確保のため1日45万ドル(約7200万円)以上の運賃を支払っている。コストは高いものの、ヤンブーに向かう船の数は日々増加し、同国の物流能力の高さを示している。先週は1日当たり400万バレル超を積み込む場面もあった。

エネルギーコンサルティング会社クリストル・エナジーのキャロル・ナクル最高経営責任者(CEO)は「代替ルートの存在自体が、地域の輸出が完全には滞っていないと買い手に安心感を与え、市場を落ち着かせる」と指摘。その上で「リスクがないわけではない。ヤンブーや東西システムが継続的な圧力にさらされれば、事態は重大な段階へとエスカレートする」と述べた。

19日のイランによるヤンブーのサムレフ製油所への攻撃は、そうした脅威を浮き彫りにした。同施設はアラムコと米エクソンモービルの合弁だ。前日にはイスラエルがイラン最大の天然ガス施設を攻撃しており、イランは報復として湾岸地域のエネルギー施設を標的とした。

東西パイプラインは2019年にも攻撃対象となっており、今後もエネルギーインフラを巡る応酬が激化すれば再び標的となる可能性がある。

東部の生産施設も攻撃を受け、最大のラスタヌラ製油所は一時操業停止に追い込まれた。アラムコは原油生産を最大で日量250万バレル削減しており、価格上昇にもかかわらず収益減は避けられない見通しだ。

アラムコはコメントを控えた。

アラムコのアミン・ナセルCEOは3月10日の電話会見で「これまでにも混乱はあったが、今回が地域の石油・ガス産業にとって最大の危機だ」と述べた。

ヤンブーが一躍主役の座に

近代サウジの歴史において、西部ヤンブーは長らく脇役にとどまってきた。主要な油田は、東部のペルシャ湾岸に集中していたためだ。

ジュバイルからラスタヌラに至るペルシャ湾沿岸には巨大な原油・化学処理施設が並ぶ。アラムコは1939年に同地域から初めてタンカーで原油を輸出した。世界最大級の油田が集中するのも東部であり、湾岸がアラムコの拠点だった。

しかし現在、アラムコは東西パイプラインの終点であるヤンブーへ、重点を一時的に移している。ヤンブーは知名度こそ低いが、いまや世界の買い手やトレーダー、船会社と接点を持つ主要拠点となっている。

歴史は実質的に1979年のイラン革命にさかのぼる。東西パイプラインは当初、イラン・イラク戦争でペルシャ湾の航行が脅かされた際に、日量185万バレルの原油を紅海へ輸送する目的で建設された。その後、サウジは旧パイプライン区間をガス液の輸送に転用、1990年代には原油パイプラインの能力を日量約500万バレルに拡張した。

ホルムズ海峡に代わる戦略的選択肢の必要性が高まったのは、約10年前のことだった。米国とイランの核合意交渉が進められたことで、サウジとしては湾岸輸出への依存を減らす必要に迫られたためだ。ホルムズ周辺での船舶攻撃やサウジのインフラへの攻撃が続いたことで、その認識はさらに強まった。

ナセル氏は2019年6月のインタビューで、湾岸輸出の混乱に備えて「準備を強化している。紅海経由で供給できる体制はできており、必要なパイプラインやターミナルは整っている」と述べていた。

その数カ月後、複数のバックアップ体制の必要性が現実となる。2019年9月、イエメンの親イラン武装組織フーシ派によるドローンとミサイル攻撃が、東部のアブカイクとクライスの石油処理施設を直撃し、生産能力の半分が停止した。ただ数日で生産は回復し、備蓄原油によって供給は維持された。

同年後半、アラムコは東西パイプラインの輸送能力を一時的に日量700万バレルまで引き上げ可能としたと説明した。2024年の決算資料の一文で、この拡張が恒久化されたことが明らかになっている。

イラン・イラク戦争でイラクによる爆撃で破壊されたパイプライン(イラン南部アバダン、1981年)

このパイプラインは世界経済にとっての生命線となり得る存在となっている。また、国際エネルギー機関(IEA)による備蓄放出や、イラン・ロシア産原油への一時的な制裁緩和と並び、ここ3週間で価格の急騰が抑えられている要因の一つでもある。

パイプラインは東部アブカイク近郊の海抜ゼロメートル付近から始まり、ヒジャーズ山脈を越えて標高1000メートル以上に達しながら砂漠を横断し、西岸のヤンブーに至る。ヤンブーで原油は製油所に供給されるか、輸出される。

アラムコによると、東西パイプラインを通る原油のうち約200万バレルは紅海沿岸の国内製油所向けだ。ナセル氏は3月10日、これらの施設がディーゼルなどの輸出を継続していると述べた。

1980年12月の専門誌ミッドイースト・リポートは、このパイプライン計画について、建設費は4億9500万ドルと見込まれ、「戦略的であり脆弱なホルムズ海峡に代わる選択肢」を提供すると報じていた。

フーシ派による攻撃リスクも

もっとも、紅海ルートにもリスクはある。特にアジア向け航路では、ヤンブー発着の船舶の一部がバブ・エル・マンデブ海峡を通過する必要がある。同海峡ではフーシ派が最近まで、約2年間にわたりミサイルやドローン、小火器による攻撃を続け、航行を妨げてきた。

「フーシ派は、バブ・エル・マンデブ海峡を通るサウジ原油輸出に対する拒否権を握っている。イラン支援のために別の要衝を封鎖すれば、原油市場の変動はさらに激しくなる」とライス大のクレーン教授は指摘している。

原題:Saudi Arabia Taps Key Pipeline the World Didn’t Know It Needed(抜粋)

(中見出し以下を加筆して更新します)

--取材協力:Grant Smith、Jody Megson、Maria Wood.

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