「日本と戦えますか?」 アメリカ市民権の試験で激しく葛藤

奈緒さん:
お一人お一人の今までのストーリーは壮絶な人生でしたが、恵子・ジョンソンさんにお話を聞いたときに、知らないことが本当にたくさんあるんだなということを知りました。

当時、アフリカ系アメリカ人の方とご結婚されて、お金はある状態だったけれども家を借りられなかったというお話をされていました。

これも差別の一つで、当時、自分自身もアジア人差別を受けていたし、夫となったアルバートさんも差別を受け、小屋の中でお子さんを育てたというお話をされていました。

また、「この子たちが日本に帰るとき、どういうふうに思われるだろうか」と思うと、とても胸を痛めたというお話をされていたのがすごく印象的でした。

お子さんたちにもお話を聞いたのですが、「私たちはママのおかげで、差別を受けてきたというふうに感じたことは一度もありません」とおっしゃっていました。

お子さんを思う母親の気持ち、父親の気持ちというのはどの時代でも変わらないですし、すごく愛に触れた時間で、とても印象に残っています。

高柳キャスター:
かつて日本とアメリカは敵対していましたが、時を経て、今は気軽に旅行ができます。そこにはこういった方々の、言葉にもできないような辛い経験が隠されていたということを私も今回感じました。

桂子さんはアメリカに渡って2年後、アメリカの市民権を獲得するための試験を受け、役人から「もし戦争が起きたら日本と戦えますか?」と聞かれたそうです。このとき、桂子さんは何と答えたのでしょうか?

奈緒さん:
桂子さんは「イエス」と答えたそうですが、「試験後は涙が止まらなかった」とおっしゃっていました。

当時、桂子さんにとって、日本はお父さんもお母さんもご兄弟もいらっしゃった国なので、「とても戦えない」と自分の中でたくさん悩んだようなのですが、そのあとにもう一つの家族、ご自身の家族のことを考えたときに、子どもたちのためにアメリカ人にならなければいけないと。

そして「乗り越えて『イエス』と答えた」とおっしゃっていたのですが…。そのときのことを思い出している桂子さんは苦しいお顔をされていて、今でも桂子さんにとってはこの「イエス」という一言がすごく大きく残っているからこそ、平和を強く願っていらっしゃるんだなと思いました。