イスラエルと米国は、2月 28 日にイランに対する軍事行動を開始し、最高指導者であるハメネイ師、その娘や娘婿、孫など一族のほか、同師の顧問シャムハニ氏、革命防衛隊のパクプール司令官、ナシルザデ国防軍需相、共和国軍(アルテシュ)のムサビ参謀総長など多数の体制の要人を殺害した。
これを受けて、イラン革命防衛隊はイスラエルのほか、米軍基地や施設があるクウェートやUAE(アラブ首長国連邦)、カタール、バーレーンへの報復攻撃に加え、ホルムズ海峡を事実上封鎖するなどの対抗措置に動いている。
一方、イラン国内では、殺害されたハメネイ師の後継となる最高指導者の選出に向けた動きが進められた。最高指導者の選出を巡っては、88 人の聖職者で構成される専門家会議の投票を通じて行われる仕組みとなっており、専門家会議の開催に当たってハメネイ師の次男であるモジタバ・ハメネイ師が最有力候補と目されていた。
ハメネイ師自身は 2024 年に開催された専門家会議において、モジタバ師を後継者とすることを否定するなど、「世襲」に反対したとされる。これは、イラン革命を主導したホメイニ師は自身の家族が政治的な権力争いに加わることを好まず、後継のハメネイ師も同様の立場を取ったと考えられる。1925 年からイラン革命を経て 1979 年に崩壊するまでイランを統治したパーレビ王朝は世襲制を採用していたため、世襲制に反対することは前体制を否定する意味合いも強い。
しかし、体制内においては、早くからハメネイ師の後継にモジタバ師を担ぐ動きが広がった。背景には、モジタバ師の経歴も影響している。モジタバ師は革命防衛隊に入隊してイラン・イラク戦争に従軍した後、聖職者に転じて宗教指導者層との人脈を広げる一方、保守強硬派の政治家で前国会議長のハダドアデル氏の娘と結婚し、体制との結びつきを強めた。
さらに、モジタバ師は革命防衛隊やその精鋭部隊であるコッズ部隊、傘下の民兵組織バシジと関係が深く、過去には体制内における反米強硬派の有力者として、民兵を率いる形で反政府デモを鎮圧したとされる。米国は 2019 年、公職に就いていないモジタバ師を最高指導者の代理を務めていることを理由に制裁対象に指定している。
トランプ米大統領はイランの次期最高指導者の選出に関与する考えを示し、イラン戦争の終結について、イランの現体制との交渉を否定したうえで、軍隊や権力を持つ指導者を失った場合に交渉可能と述べるなど、モジタバ師の選出を否定する考えをみせた。しかし、専門家会議はモジタバ師を選出するとともに、ペゼシュキアン大統領もこの決定を国家の結束を強化する意思の表明との考えを示すなど、トランプ氏の意向を真っ向から否定した格好である。
こうした状況を受けて、イラン戦争が短期的に収束する見通しが一段と低下し、金融市場では国際原油価格が急上昇している。原油価格は、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖措置による船舶航行を取り巻く環境悪化と船舶不足、イランによる中東諸国に対する報復攻撃を受けて、供給ひっ迫への懸念が高まったことで上昇基調を強めてきた。中東産油国のあいだでは貯蔵能力が限界に達するなかで減産を余儀なくされる動きが出ており、すでにイラクとカタール、クウェートが不可抗力を宣言している。さらに、UAEやサウジアラビアも原油や天然ガスの減産を余儀なくされる可能性が高まっている。主要産油国の枠組みであるOPECプラスの有志8ヵ国は、3月1日に開催したオンライン閣僚会合において、4月に日量 20.6 万バレル増産することで合意している。しかし、現実には増産そのものが不可能であり、決定の実効性がない状況となっている。

事態が長期化すれば価格の高止まりが続いて世界経済に悪影響を与えることが懸念される。トランプ氏はSNSに、イランの核を巡る脅威の破壊が終了すれば急落すると投稿したうえで、足元の価格上昇は米国と世界の安全と平和のために払う極めて小さな代償と主張している。しかし、イランが米国の意向を真っ向から否定するとともに、さらなる抵抗に動く方針を示したことで、その見通しは立ちにくくなっている。イランの国営メディアは、軍指導部がモジタバ師に忠誠を誓ったと伝え、革命防衛隊もモジタバ師に従う用意がある旨の声明を発表しており、当面は徹底抗戦の構えを崩すとは見込みにくい。イスラエルと米国は、ハメネイ師の殺害により軍事行動による所期の目的を達成したと考えられる。
なお、米国の国家情報長官室(DNI)傘下の国家情報会議(NIC)は、仮に大規模な軍事作戦を展開してもイランの軍部と聖職者を軸とする権力構造を崩壊させることは困難とする報告を行っていたとされる。トランプ氏はこうした冷静な見通しを無視し、イランの体制弱体化を狙うイスラエルのネタニヤフ首相の見通しに沿う形で軍事行動に踏み切ったといえる。トランプ米政権は、1月のベネズエラに対する軍事行動では、体制内穏健派を引き入れることに成功したものの、イランについては元々そうした見通しが立ちにくいにもかかわらず、希望的観測による場当たり的な対応で事態を深刻化させるリスクが高まっている。その意味では、中東情勢は見通しが立たないのみならず、混沌状態の長期化に備える必要性が高まっている。
※なお、記事内の「注釈」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。
(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵 徹)