穴は社会保障と地方で開く

与野党から消費税減税論が衆議院選挙の公約に掲げられている。

ほぼすべての政党が、何らかのかたちで消費税率を引き下げることを主張しているので、有権者はそれに反対する意見には投票することがほぼ不可能になっている。

本当にそんな減税を実行して、日本国は大丈夫なのかと率直に感じるところである。

本稿では、消費税減税の弊害について検討する。各党の中で、高市首相の自民党が方針として掲げている「食料品に対する消費税率を軽減税率対象の8%からゼロにする」ときのインパクトを主に取り扱いたい。

まず、この減税で減収が見込まれるインパクトは約5兆円になる。2026年度当初予算の見通しでは、消費税収は26.7兆円(266,880億円)になる。

それが約19%(▲19%=5兆円÷26.7兆円)ほどなくなる。方針では2年間に亘って時限的に減税が行われる見通しである。

従来、消費税収は社会保障財源と地方税収に配分されてきた。2025年度予算では、全体31.4兆円のうち、中央政府が20.1兆円(割合64%)、地方が11.4兆円(割合36%)になっている。

地方分には交付税交付金を通じて資金が回る4.9兆円も入っている。一般会計の税収では、消費税収は24.9兆円とされているが、その中には交付税分4.9兆円が含まれていて、実質的にはそれを差し引いた20.1兆円が社会保障財源に回る。

こうした前提で計算すると、食料品消費税▲5兆円の減税は、社会保障の税源に▲3.2兆円の穴、地方の税源に▲1.8兆円の穴を開けることが予想される。

地方の穴

まず、地方の穴について考えよう。先日地方出張で、ある自治体に行ったとき、消費税収の穴について市長さんに尋ねてみたところ、かなり立腹されていた。

自分の自治体では税収がいくら減るかも把握しており、歳出抑制圧力が働くことを強く心配していた。

地方にとっても社会保障は義務的支出なのでカットできないから、自ずと歳出削減は社会保障以外に向く。

地方は国ほど容易には赤字債を発行できないので、歳出削減圧力が国以上に強く働くと説明してくれた。

同様の話は、以前に他の自治体からも調査ヒアリングをしたときに聞いた。その説明では、新規案件の実行はできなくなり、裁量的な公共投資や補修・修繕が先送りされるそうだ。

すでに、地方税収にしわ寄せが行くような措置は、ガソリンの暫定税率廃止でも行われている。全国知事会の推定では約▲5,000億円の減収が見込まれている。食料品消費税の▲1.8兆円はこれに上乗せされる格好になる(合計▲2.3兆円)。

野党の中には、地方自治体の首長・議員を出している政党も少なくない。そうした野党は、地方からの批判的な声をどう受け止めているのだろうか。

実務を担っている自治体の声を無視して、国政選挙で勝つために消費税を減税して、そのしわ寄せを地方に向けることは望ましくない。

社会保障問題

消費税減税が極めて筋が悪いのは、社会保障財源であるという位置づけを無視して、減税論が進んでいる点にある。

家計の食料品負担が重いから、消費税を減税するという話は、この社会保障財源の扱いを宙に浮かせる話だ。

今回の選挙では、代替財源をどう探して社会保障の穴を埋めるかという議論を飛び越えて、消費税減税へ舵を切ろうとしている。

「社会保障の裏付けとして消費税収を充てる」という従来の原理原則を無視する点で大きな問題だと考えられる。

実は、これと同時に、日本維新の会の意見を汲んで、現役世代の社会保険料負担を軽くすべきという議論も進めている。そうすると、社会保障関係費には、二重に削減圧力がかかることになる。

確かに、一般会計の社会保障関係費の推移(当初予算)は、それほど大きく伸びていない。2021年度以降、平均1.4%で伸びている。これは消費税の高い伸び率(同期間4.2%)に比べると小幅である。

それでも、社会保障関係費(2026年度39.1兆円)に比べて、消費税収(同26.7兆円)は、財源のすべてを賄えている訳ではない。消費税減税は、もともと開いていた穴を再び広げるような対応を採ることになりそうだ。

物価高対策になるのか?

筆者の不満は、政府の物価高対策がその根元である円安を止められずに、減税・支援ばかりに注力するところにある。火元を鎮火せず、延焼部分を修理しても、被害は消えないという理屈だ。

過去、消費者物価指数では、食料品価格はどのくらい上がっているのであろうか。外食を含む食料品価格は、2021年の指数が100.0で、それが2025年末には128.8まで上がった。実に28.8%増、つまり約1.3倍の高騰になる。年間の上昇率では5.9%となる。

仮に、消費税8%を減免しても、この上昇率を前提とすると1年5か月で消費税減税分の負担は消化されて、家計は物価高への対応を別途考えなくてはいけない。

そう考えると、2年間だけ食料品消費税をゼロにする扱いは、ごく一時的な効果しか見込めず、3年目には消費税ゼロを8%に戻して、家計負担を著しく重くする政策対応になってしまう。

とても3年目の消費税増税(+8%)に耐えられるだけの政治的リソースがあるとは思えない。

やはり為替レートが過度に円安に振れないように、金融政策を通じて輸入物価を抑制する方が、経済全体への弊害は少ない。

また、毎年のように上昇する食料品物価への対応は、賃上げ率を毎年プラスにもっていくことを主軸に考える方が賢明である。

消費税収の穴の治癒

2026年度の当初予算では、消費税収は26.7兆円(一般会計)と見積もられている。食料品消費税をゼロにすると、地方を併せて▲5兆円で、一般会計では▲3.2兆円になる。

消費税収が毎年足元の4.2%のペースで伸びると、元の税収水準を回復するのに3年3か月を要する計算になる。▲5兆円の消費税収の減少は痛いが、収支悪化が3年間近く続いて、元の水準にこぎ着けられそうだ。

また、与党が約束通りに食料品消費税を8%に戻せば、3年目からの穴は埋まるので、それほどの致命傷ではないという見方もできる(この約束の履行には悲観的だが)。

ルビコン河を渡る

もしも、2026年2月の衆院選で消費税減税の方針が固まれば、それは悪しき先例になると筆者はみる。なぜならば、先々、消費税減税がエスカレートしていく可能性が高いからだ。

「社会保障財源を守る」という節度が失われて、無節操な減税へと踏み出すからだ。もしも、消費税減税の明確なスケジュールが決まり、実際に財政収支が悪化すれば、それは海外の格付け機関から日本国債の格下げを食らう可能性が小さくない。

そうした思惑もあって、消費税減税は円安進行を加速させる可能性もある(長期金利も上昇)。円安によって食料品物価がさらに高騰すれば、食料品消費税率をゼロにする政策は、その効果を減殺されてしまう。

また、輸入物価の上昇は、エネルギー価格や中小企業の原材料費の高騰にも及ぶため、先々の賃上げの勢いを抑える作用もある。

こうした負の波及効果は、衆院選を前にして各政党は十分に考慮していないように思う。おそらく、円安こそが物価高の犯人であるという認識が、与野党には乏しいからであろう。経済のメカニズムをもっと広範囲に点検して、選挙公約を構想してほしいものだ。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野英生

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