(ブルームバーグ):イタリアのファッションデザイナー、ヴァレンティノ・カラバーニさんが19日、ローマで死去した。93歳だった。カラバーニさんの財団が明らかにした。映画スターや王侯貴族の審美眼を50年にわたり左右する存在となり、自身のライフスタイルも富裕層や著名人をしのぐ豪華なものだった。
整えられた髪型に日焼けした肌といういでたちのローマが生んだオートクチュールの巨匠は、エリザベス・テーラー、ジュリア・ロバーツ、ケイト・ブランシェットをはじめとするハリウッドのトップ俳優たちが、アカデミー賞の夜に最新作のドレスを競って身にまとうほどの評価を確立した。
「ヴァレンティノレッド」の生みの親でもある。色見本帳を手掛ける米企業パントンの専門家からもお墨付きを得た色調だ。1960年代、故ジョン・F・ケネディ元米大統領の夫人ジャクリーン・ケネディが最も重要な顧客となり、ギリシャの海運王アリストテレス・オナシスとの再婚の結婚式でヴァレンティノのドレスを着用したことで、世界的な名声を確立した。
2005年のニューヨーカー誌とのインタビューでカラバーニさんは、「ファッションはそれほど複雑ではない」と語り、「女性を美しくすること。それだけだ」と話していた。
公私にわたるパートナー、ジャンカルロ・ジャンメッティ氏とともに、ブランドの運営に当たり、俳優のソフィア・ローレンやアン・ハサウェイ、オランダのマキシマ王妃ら幅広い著名人に衣装を提供した。衣料品以外の分野でも先駆者で、家庭用品や香水などのライセンス事業にいち早く乗り出し、同業他社に先んじて自社株をイタリアの株式市場に上場させた。
1998年にヴァレンティノを3億ドル(現行レートで約474億円)で売却した後も、2008年に引退するまでブランドのデザインを手掛けた。同社は14年にカタールの投資グループ、メイフーラ・フォー・インベストメンツが買収。23年には仏高級品メーカー大手ケリングが同ファッションハウスの株式30%を取得することで合意し、残りを買い取るオプションも盛り込まれた。
ライフスタイル
ヴァレンティノは「Valentino Roma」や「Red Valentino」といったラインを通じ、主にウィメンズファッションのデザインで知られてきた。1960年代後半には「Valentino Uomo」や「Valentino Boutique」でメンズウエアにも進出した。
1970年代には、イタリアのファッション企業の多くが、工場生産による量産を目的に生産拠点をローマからミラノへ移す中でも、ヴァレンティノはローマへの忠誠を貫き、本社を同地に置き続けた。
欧州と米国に点在する豪華な邸宅を行き来し、6匹のパグ犬を連れ、俳優グウィネス・パルトローら友人たちを伴う生活ぶりから、「ヴァレンティノのライフスタイル」はぜいたくさの代名詞となった。
ローマの邸宅、スイスのシャレー(木造山小屋)、ニューヨークのセントラルパークを望むマンション、ロンドンのホランドパークにある大邸宅、パリ近郊のウィドヴィル城を所有していた。ウィドヴィル城はかつてフランス王侯貴族の所有地だった敷地にあり、世界最大のバラ園があるとカラバーニさんは語っていた。
いずれの住まいも、ピカソやウォーホルをはじめとする最高級の美術品で飾られ、改修にも一切の費用を惜しまなかった。また、夏になると、地中海のどこに停泊していようとも、スタッフ完全配置の自身のヨットに毎週末空路で向かうのが常だった。
09年のドキュメンタリー映画「Valentino: The Last Emperor(ヴァレンティノ 最後の皇帝)」は、その生涯にわたる仕事を追った作品だ。06年公開の映画「プラダを着た悪魔」には、本人役で出演した。
ニューヨーカー誌のインタビューでカラバーニさんは、「私はどこまでも美を追い求めた人間として記憶されたい」とコメント。「だが、終わるときは終わる。それで全てだ。Finito(フィニート、イタリア語で完了の意味)」と話していた。
原題:Valentino, Fashion Maestro Who Lived It Up, Has Died at 93(抜粋)
--取材協力:Chiara Albanese.記事についての記者への問い合わせ先:Roma Flavia Rotondi rotondi@bloomberg.netFrankfurt David Henry at larnold4@bloomberg.net記事についてのエディターへの問い合わせ先:Larry Arnold larnold4@bloomberg.netTiago Ramos Alfaroもっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
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