(ブルームバーグ):外交政策で最も危険な落とし穴の一つは、決意を固めた敵が何を目指しているか見失うことだ。米国は今、その過ちを犯そうとしている。米国のライバルである中国とロシアは、米国の影響力と繁栄を激しく攻撃している。現在唯一の超大国である米国を孤立した二流国家にすることが、最終目標だ。
トランプ大統領は政権1期目で、米国が大国間競争の時代に入ったと宣言した。だが2期目では、その現実を見えにくくしているように思われる。
ロシアのプーチン大統領が開始したウクライナ戦争は、単にドンバス地方の支配を巡る争いではなく、西側諸国全体に対する闘争だ。ロシアが冷戦後、西側によって過去の存在におとしめられたとプーチン氏は考える。
そのため、ウクライナを激しく攻撃する一方、米国の同盟国である欧州諸国に対し、ドローン侵入や政治的破壊工作、妨害工作といったハイブリッド戦を仕掛けている。ロシアに支援された工作員が、水道施設や食肉加工工場など米国の重要インフラを標的にし、米国行きの航空機を爆破しようとしたとの報告もある。
こうした攻撃の目的は極めて深刻で、致命的になり得る。敵対する超大国を弱体化させ、消耗させるだけでなく、米国に大西洋両岸にまたがる影響力と強さを与える同盟を切り崩すことが、プーチン大統領の目的だ。
外交の実務を担うラブロフ外相は約10年前、米国のグローバルパワーが崩れ、ロシアが帝国のような偉大さを回復する「ポスト西側の世界秩序」をロシアは目指していると説明した。
中国の最高指導者、習近平国家主席はさらに大きな賭けに出ている。習主席は2017年に自制の仮面を脱ぎ捨て、中国が今後「世界の中心舞台に立つ」と宣言した。中国の宣伝機関は、同国が世界の序列の頂点に返り咲くことを望むと誇らしげに発信する。
中国の野望が最も前進しているのは、西太平洋だ。最も活力ある地域での執拗(しつよう)な軍備増強を通じて、米国を弱体化させることを狙う。しかし習氏の野心はそれだけではない。
中国の「一帯一路」構想には、ユーラシアの至る所にインフラと中国の影響力を広げる意図がある。略奪的な経済政策は、米国からドイツに至るまで競争相手国の工業力を奪い、これらの国々は中国による重要産業の支配に従属する形で、原材料やエネルギーを含む投入財の供給国に転落する恐れがある。
中国が習主席の下で絶え間なく繰り出すグローバルイニシアチブは、中国がルールを定め、米国の勢力圏がいずれ西半球へと追いやられる時代の到来を告げる。中国を中心とする世界の周辺で、米国が力の衰えた存在として辛うじて生き延びる未来を習氏は思い描いている。
1期目のトランプ政権は、これら全てを警告していた。17年に公表された国家安全保障戦略は「米国の価値観および利害と対極にある世界の形成を中国とロシアが望んでいる」とはっきり認識し、ほぼ10年続くと予想される中国との全面的競争に備え、より徹底した政策対応を促していた。
それでもディールを志向するトランプ氏の本能は、戦略的競争への転換と常に衝突した。抑制がさらに利かなくなった2期目の大統領は、MAGA(米国を再び偉大に)のスローガンに完全に染まった政権に支えられ、異なるアジェンダ(政策課題)を追求している。
トランプ氏は専らウクライナに不利な和平を押し付けようとしているかのようだ。中国がこれまでロシアに対して行ってきた支援の大きさを考えれば、両国を勢いづかせる結果になりかねない。トランプ政権は、欧州とロシアとの仲介者として自国を位置付けた。つまり、米国の力の増強に貢献する同盟と、それを嫌悪する修正主義国家との間の仲介者だ。
トランプ大統領はまた、中国の人工知能(AI)技術の飛躍につながりかねない先端半導体を同国に輸出することを認めた。中国との通商合意を追求するあまり、競争本能が鈍ったかのようだ。
特筆すべきは、トランプ政権2期目の国家安全保障戦略(今月公表)に中国とロシアの脅威を明確に位置付ける記述が見当たらないことだ。むしろ欧州同盟国とグローバル主義のエリート層が、米国の真の敵であるかのようだ。
この知的混乱には幻想が影響している。すなわち、強力な競争政策ではなく、通商関係が平和を保証するという確信だ。ウクライナの安全は、同国と米ロが安定と繁栄に共通の利害を持つ通商・開発プロジェクトによってこそ、最も確実に保障されるという主張をトランプ大統領は展開する。中国との技術的相互依存が地政学的安定と米国の優位をもたらすという考え方も復活させた。それは否定された古い発想であり、トランプ氏自身もかつて、国益にかなう形で放棄したはずだ。
18世紀の啓蒙思想家は、商取引が征服を駆逐すると論じたが、欧州は直後にフランス革命戦争に巻き込まれる。英作家ノーマン・エンジェルは第1次大戦前夜、今日でいうグローバル化が大国間戦争を時代遅れにしたと主張した。冷戦後に米当局者は、経済的統合がロシアと中国を米国の覇権と和解させると期待したが、野心的な修正主義国家は、経済的利益より地政学的支配を重んじることを思い知らされた。
米国の政策は1世代にわたり、相互依存が調和をもたらすという前提の下に築かれてきたが、トランプ政権1期目の国家安全保障戦略は「この前提がほぼ誤りだった」と結論付け、戦略的脅威への自覚を欠いた時代と一線を画した。
それだけに2期目のトランプ政権が高まるばかりの脅威を無視する現状には、一層失望させられる。2期目の政権は本来、1期目の成果をさらに積み上げていくものだ。トランプ氏は、政権1期目の最大の建設的遺産、つまり敵対国の本質を見極める重要で前向きな戦略的明晰(めいせき)さという成果を自ら破壊しようとしているようだ。
(ハル・ブランズ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院教授で、シンクタンク「アメリカンエンタープライズ研究所(AEI)」のメンバーでもあり、「デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突」を共同で執筆しています。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:The US Is Giving Its Enemies What They Want: Hal Brands(抜粋)
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