バンダイナムコエンターテインメントの宇田川南欧社長には、ユニークな「もう一つの肩書き」があります。チーフパックマンオフィサー。これは同社が海外でも認知度の高い
同社の『ドラゴンボール Sparking!ZERO』や『鉄拳8』など人気のゲームは海外売上比率がかなり高い。半導体や鉄鋼を超える産業として日本のコンテンツやエンターテインメントビジネスに期待が集まるなか、宇田川社長に同社のグローバルIP戦略について聞きました。
取り扱うIPは年間500以上「多様性があるポートフォリオ」
インタビューは、TBS CROSS DIGが主催し、中東カタールのコンテンツ産業の拠点となっている「メディアシティカタール」が協賛した国際的シンポジウムの舞台で行われました。

宇田川社長は、家庭用ゲームのタイトルについて、「海外で売ることも当たり前なので、IP特性やタイトルによっては最初からグローバルを意識した企画・開発をしている」と話します。宇田川氏が入社した1994年当初と、その景色は大きく変わったそうです。
「私はバンダイ入社であり、そこはおもちゃを起点としている会社で、そのときからIPをどう出口に展開していくかということを考えていたが、(当時は)ほとんど日本でしかビジネスをやっていなかった」
バンダイナムコグループでは、他社のIPも含め、年間で500を超えるIPを活用し、事業を推進しています。2010年から「IP軸戦略」を掲げ、IPの魅力や世界観を最適なタイミング、出口、地域で展開してIP自体の価値を高める取り組みを行っています。
宇田川氏は次のように話します。
「年間で500以上ものIPを取り扱っているが、IPごと出す商品も違う」
「多様性のあるポートフォリオがバンダイナムコの特徴」
IPごとに対象となる顧客層や消費者特性、商品を展開する順番や広告戦術などを世界各地ごとに分析し、それぞれ個別の戦略を立てているそうです。宇田川氏が所属する「デジタルユニット」をはじめ、「トイホビー」「映像音楽」「アミューズメント」などのユニットが連携し、1つのIPをさまざまな形で展開している点が強みです。
世界各地で異なる戦略
例えば、フロム・ソフトウェアと共同開発した「ELDEN RING」は世界累計出荷本数3,000万本を突破する大ヒット作。このゲームのマーケティングも地域によって大きく異なります。
「ヨーロッパでは著名な建物、ビッグベンやエッフェル塔などにゲームに登場するキャラクターをFOOHとして展開しました。あるアジアの国(タイ)では実写版のテレビCMを作り、家族ドラマの中でストーリーに合わせ、「ELDEN RING」が遊ばれる様子を見せて期待感を持たせるという方法をとりました。日本では全くそういう形でマーケティングしようと思っていなかったのですが、その地域では最も適切なやり方だったのです」
「大きな戦略はチームで決めますが、世界各地で一番ファンに近い人たちがどういう方法を使うのがいいかを考えながらやっている」
「弊社グループではもともと自社IPだけじゃなくて、他社様のIPをお借りしてビジネスをやってきた。いろいろな方の協力を得てビジネスを大きくしていくのは特徴だと思う。いろいろな企業や個人を巻き込んで、ファンコミュニティを増やしていきたい」
チーフパックマンオフィサーが持つ意味
宇田川氏のもう一つの肩書きであるチーフパックマンオフィサー。海外では「バンダイナムコがわからなければ、パックマンの会社だと言っている」と宇田川社長は笑いながら語りました。「パックマンの事業戦略をみんなと一緒に作って、将来的にこのIPがどうなっていくかということを考えていく」役職だそうです。
バンダイナムコグループでは自社IP名を肩書きに付ける3人のチーフオフィサーが存在します。1980年に誕生し、2025年に45周年を迎えた「パックマン」のほか、「ガンダム」、「たまごっち」の3つのIPには専任の役員がつき、IP戦略を統括しているそうです。
IPの強みとしては「ファン同士が同じ目線で話すことができる」点が挙げられるそうです。
「今後の展開に関して将来、未来に関して、一緒に考えられるという点がいいところだと思う」
スタートアップ企業との連携も進みます。同社は「Bandai Namco 021 Fund」を通じてスタートアップ企業に出資し、新規IPや新規事業の創出・獲得に取り組んでいます。「ショートアニメ」「2.5次元IP」「VTuber」など、特に若い世代に向けたIPの創出方法を模索しています。
「新規IPや新規事業の創出においては、本当にいろんな可能性がある。ゲームから生み出すことも必要ですし、漫画やアニメからというのももちろんある。今では個人が描いたイラスト自体がIPになって広がっていくことも。何でも試したらいいんじゃないかなと思う」
日本のコンテンツ産業。20兆円の可能性
経済産業省によると、ゲームやアニメなどの日本のコンテンツの海外売上はこの10年で約3倍に成長し、2023年で約5.8兆円に達しました。
半導体産業や鉄鋼産業の輸出額を超え、自動車産業に次ぐ規模となっています。政府は2033年の海外売上高の目標を20兆円としています。国内外の投資家からも注目が集まっている領域です。
中東や新興国での日本のコンテンツ産業の人気も高まっており、バンダイナムコグループをはじめとした日本のエンターテインメント企業のIP戦略に「日本経済の未来」のヒントが詰まっているのかもしれません。
<収録日>
2025年7月29日
<出演者>
▼宇田川南欧
1994年に(株)バンダイ入社。96年、デジタルコンテンツ事業部へ異動。以後、ネットワーク分野の仕事を担当。2000年、バンダイネットワークス設立に伴い転籍。パソコンやモバイル向けコンテンツ開発に携わる。15年にバンダイナムコエンターテインメント取締役に就任し、18年同社常務取締役となりゲーム事業を管掌、21年BANDAI SPIRITS代表取締役社長を経て、23年4月から現職。チーフパックマンオフィサーを兼務。
▼竹下隆一郎
朝日新聞を退社後、2016年から2021年6月までハフポスト日本版編集長。2021年8月にビジネス映像メディアPIVOTの創業メンバーに。2024年11月よりTBSテレビ特任執行役員、「TBS CROSS DIG with Bloomberg」のチーフコンテンツオフィサーを務める。