(ブルームバーグ):国内外の富裕層を対象にした旅行サービスが日本で拡大の兆しを見せている。訪日外国人(インバウンド)からの引き合いも増える中、新規株式公開(IPO)を視野に入れるスタートアップも現れ始めた。
2017年設立のエクスペリサス(東京都渋谷区)の主な顧客層は、1回の旅行で500万-1000万円を消費する海外の家族旅行客や、旅に特別な体験を求める国内富裕層だ。世界遺産の寺の夜間貸し切りや、人間国宝に教わる磁器の成形と絵付け体験、弓術、剣術、なぎなたのそれぞれの流派の宗家による「本物の侍体験」などのサービスを提供する。
丸山智義最高経営責任者(CEO)はブルームバーグの取材に、IPOに向けて9月ごろに主幹事証券の選定に着手したと明かした。早ければ2029年に東京証券取引所グロース市場への上場を狙う。
足元の政治対立に伴う中国人客の減少はあるものの、エクスペリサスは欧米などの顧客が主で、直接的な影響は限定的という。今期(26年5月期)の売上高は、前期比で倍増を見込む。
訪日客数増に貢献してきた中国との緊張が高まる中、日本の観光業にとって高額消費者の呼び込みは喫緊の課題だ。政府は30年にインバウンド消費額を15兆円に拡大する方針を掲げるが、客数増一辺倒ではなく、1人あたりの消費額を伸ばす取り組みも欠かせない。
観光庁のウェブサイトによると、訪日旅行者に占める富裕層の割合は約2%にとどまるが、消費額は2割弱を占める。
大和総研の経済アナリスト、山口茜氏は中国からの観光客の呼び込みが厳しい状況にあるため、「他の国の客にアプローチすること、単価を上げること、富裕層にもっと働きかけることが重要となる」と指摘。「今後も財の部分も大事だが、サービスにもっと伸びしろがある」という。
エクスペリサスは事業拡大を支えるため、エイチ・アイ・エス(HIS)やJR九州から総額12.4億円を調達した。スタートアップ情報をまとめるスピーダによると、7月時点の企業価値は約20億円となっている。丸山氏は、次の2回の資金調達では海外投資家にも声をかけたいと意欲を示す。
東証は30年3月以降、グロース市場の上場維持基準を厳格化し、時価総額の下限を現行の40億円から100億円に引き上げる方針だ。丸山氏は、上場して得た資金をもとに国内外の同業の買収・統合も検討しているとして、売り上げが拡大すれば「十分達成可能」な水準だと自信を見せる。
コンビニ飯でフルコース
起業のきっかけは、丸山氏がシンガポール留学後に現地のモルガン・スタンレーで長期インターンをした時期にさかのぼる。富裕層との会食の席で、日本は観光資源が豊富なのに、旅行体験に付加価値が感じられないとの指摘を受けたことが転機となった。料金が高くても特別な体験を提供すれば「日本のファンをもっと作れるのではないか」と考えるようになった。
同社はこれまで文化と体験を融合させた旅企画を展開してきたが、顧客の要望はしばしば想定を超える。丸山氏によれば、米国テック起業家の40代男性から日本のサラリーマンの日常を体験したいという依頼を受けた際、ファミリーマートの「ファミチキ」やツナマヨおにぎりをフルコースとして提供したことがある。後日、その顧客からは「価値観が広がった」との感謝が寄せられた。
大和証券アナリストの関根哲氏は、インバウンド市場の拡大は少なくとも30年頃まで続くとみており、宿泊費の高騰などで一般旅行客の支出が抑制される中、ホテルを中心に「海外富裕層に照準を合わせた戦略をとる事業者が増えつつある」と分析する。
一方で、旅行産業には為替水準や旅行者の行動変化、自然災害などリスク要因が多い。関根氏は、長期的な市場拡大に向けては、空港のキャパシティーやオーバーツーリズムの課題克服も必要になるとしている。
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