(ブルームバーグ):自民党の牙城で「保守王国」として知られる茨城県。7月の参院選では自民党から保守層の票が流出し、参政党に1議席奪われるという皮肉な動きが鮮明になった選挙区の一つだ。4日に投開票が迫る自民党総裁選の行方を、茨城で起きた異変から探った。
塚本治男さん(74)は茨城で6代続くコメ農家で、自民党総裁選に投票できる一般党員の1人でもある。以前は農村出身で農相も務めた石破茂首相(党総裁)に敬意を抱いていたというが、今は葛藤が生じている。
政府はコメの国内価格高騰を抑えるために備蓄米を放出したが、多くの農家にとっては都市部の消費者を優先したと映った。

「今のところ、はっきり言って自民党員であってもあまり芳しくはない」と塚本さん。かつては党員数が500万人を超え、農村地域を手厚く支援していた時代もあったが、昔ほど農家が受ける財政的支援は多くはないと話す。今回の総裁選で投票資格のある党員は昨年9月の前回から約14万人減り、約91万人となった。
自民党は長期支配を構築した有権者の支持を失いつつある。生活費の高騰や政治資金問題、都市部への若者流出、ポピュリズムや極右勢力の台頭が伝統的な支持基盤を揺るがし、野党はその機に乗じて攻勢をかけている。
水戸市議会議員の須田浩和氏(58)は「よく組織票だと言うが、組織があてになる時代じゃない」と話す。「自民党員を30年以上やっているが、ここまで厳しい時代はなかった」


新たに選出される総裁は、直ちに財政支出や税制を巡る判断を迫られることになる。これまで野党側は消費税率の引き下げを求めてきたが、財政懸念から金利上昇を招く恐れもある。現状、各党で隔たりがある経済政策を収れんさせるのも新政権の重要な課題だ。各社の情勢調査では、立候補者5人のうち小泉進次郎農相(44)、高市早苗前経済安全保障担当相(64)、林芳正官房長官(64)が有力視されている。
昨年の総裁選で、茨城の党員票を最も多く獲得したのは石破氏だった。県内の「石破票」が今回どう動くかは読み切れない面がある。
参政党の躍進
7月の参院選で与党が敗北した背景には、保守層を取り込んだ結党わずか5年の参政党の躍進がある。「日本人ファースト」「これ以上、日本を壊すな!」といったスローガンは、特に地方の保守層の間で共感を呼んだ。水戸市議の須田氏が有権者に自民党への支持を訴えても、今回は参政党に投票したと言われる場面があったという。
JR水戸駅からほど近い場所で飲食店を営む小谷律子さん(78)は「自民党は一回つぶれた方がいい」と厳しい。店先には参政党のポスターが貼られている。


冒頭の塚本さんは、兼業農家としてコメ作りを続けながら、地元のJA(農業協同組合)職員として働き、農業の深刻な人手不足に対応するため中国から労働者を受け入れる取り組みを支援してきた。外国人労働者がいなければ立ち行かなくなる現状がある中で、「外国人問題」を争点に支持を拡大してきた参政党の影響力を懸念する。
塚本さんの自宅近くの田んぼでは、農道に自民党のポスターが並び、かつて地方に強固な地盤を築いていた頃の面影が残る。
自民党員であるにも関わらず参院選で他党に投票した例もある。「自民党でなければいいやという感じ」と話すのは、常総市でコメなどを生産する飯田好徳さん(40)だ。投票先は可処分所得の増加を訴えた国民民主党だった。
コメの価格高騰がことさら問題視されていたことについて「いろいろな物の値段が上がっているはずなのに、なぜコメだけが悪者扱いなのか」とこぼす。


水戸市で土木建築工事の設計などを行う中山秀一さんには、かつて建設業界と自民党が一心同体のように結び付いていた時代の記憶が残っている。日本経済が停滞して建設需要が鈍化した後も、自民党員として党を長年支えてきた。保守的な価値観が自身の信条と重なり合ってきたからだという。
「表紙を変えて小泉氏が出てきても、右という自民党本来の思想は戻ってこない」と話す中山さんにとって、自民党の真の右派イデオロギーの復活を期待できるのは高市氏だけだ。
妥協
多くの自民党関係者にとって、妥協なしには生き残れない現状がある。昨年の総裁選にも挑んだ小泉、高市両氏は改革派と目されていたが、今年は姿勢を軟化させた。少数与党の環境下では、政策実現のために広範な支持を取り付ける必要があることを理解しているためだ。
自民党の茨城県議会議員、高橋直子氏(41)も思い悩む若手議員の1人だ。来年の県議会選で再選を目指す高橋氏は、支持者の一部から自民党公認での出馬をやめるよう勧められることもあるという。特に若年層や同世代に自民党への投票を「お願いできなかったり、胸を張って自民党と言えない状態」と語る。

コメ農家の塚本さんは、笑顔の石破首相が印刷されたカレンダーの下で、自民党への長年の忠誠心と、党の将来への不安との間で揺れていた。次期首相になる人物として誰に投票するべきか、何十年にもわたる自民党への支持を続けるべきかどうか。
特定の政党が権力を握るのではなく、複数の政党がしのぎを削る現状の構図の方が望ましいと塚本さんは言う。自民党が再び単独で政権を取ると「好き勝手やるようになっちゃうから」
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