元アナウンサーへの性暴力問題が経営を揺るがしたフジテレビジョンの親会社であるフジ・メディア・ホールディングス(HD)。広告主が離れて2025年3月期の連結業績は赤字に転落し、長年の幹部らは辞任に追い込まれた。そこに目をつけたのが、国内アクティビストの草分け的存在である村上世彰氏だ。

村上氏関連の投資会社などは7月3日までに1100億円以上を投じてフジHD株の16%を保有する筆頭株主に躍り出た。村上氏らは保有比率を33%まで引き上げることをちらつかせつつ、子会社の売却を要求した。

これに対してフジHDは対決姿勢を鮮明にした。村上氏側が過去に経営資産を切り売りする「解体的買収」を行った事例などを挙げ、「株主共同の利益の観点ではなく、自身の利益の最大化のための行動に出ることを懸念している」と指摘。買収防衛策の導入方針をすかさず発表した。

両社の対立が映し出すのは、かつての「お仲間」体質的な企業文化の崩壊と同時に、株価が長期停滞を抜け出しつつある日本の変化だ。ブルームバーグがまとめたデータによると、経営陣に要求を突き付けるアクティビスト(物言う投資家)による日本での昨年の投資件数は146件に上った。4年前と比べて2倍超、米国に次いで世界第2位の件数だ。

こうした状況を象徴するのが、日本で最も有名、かつ最も物議を醸し出してきた投資家ともいうべき村上氏だ。現在66歳の村上氏は、くしくも約20年前、当時フジテレビの親会社だったニッポン放送株の売買を巡るインサイダー取引で逮捕・起訴された。一審判決では実刑を言い渡され、ファンドマネジャーとしてのキャリアを終えることを余儀なくされた。

村上氏と同氏の影響下にあるシティインデックスイレブンスは、ブルームバーグの取材に対し、コメントを控えた。

その村上氏が、日本株の復活に合わせたかのように株式市場で再び存在感を高めている。21年以降、日本株への投資を加速させており、CLSA証券の推計では、1700億円もの利益を上げたとみられる。ブルームバーグのデータによると、村上氏や同氏の家族、関連企業は日本の上場株を少なくとも約4700億円保有している。

村上氏は、攻撃的な手法と激しい言葉遣いで有名だ。同氏が投資したコスモエネルギーホールディングスは23年3月、威圧的な言動を含むやりとりがあったと開示している。村上氏は同社幹部に対して「買収防衛策をかけてください。それで結構です。ただ、やるのなら血みどろになっちゃいます。僕はもちろん全員の首を切りにいきます」と通告した。

コスモエネルギーHDは買収防衛策の導入を決定したが、その後村上氏側が保有株を岩谷産業に1050億円で売却。CLSA証券の推計では約480億円の利益を上げたもようだ。

「村上氏は間違いなく日本の歴史上、最も大胆で最も成功したアクティビストだろう」と同証の株式ブローカー、ジョン・シーグリム氏は語る。「彼は英米型の資本主義を完全に理解した日本人だ。日本のインサイダーでありながら、日本が変わる必要があると認識し、それを実現するためにアウトサイダーになった」と評した。

アクティビストへの期待

日本でアクティビストを取り巻く環境が変わり始めたのは、当時の安倍晋三政権がコーポレートガバナンス(企業統治)コードを策定した10年前からだ。株主との建設的な対話、少数株主の権利の確保などがうたわれ、社外取締役を少なくとも2人確保することが義務ではないものの事実上の基準として奨励された。

23年には東京証券取引所が株価純資産倍率(PBR)1倍割れの企業に対して、企業価値を高めるよう要請した。また経済産業省が買収提案に真摯(しんし)に対応することを企業に求めた結果、敵対的買収へのハードルが格段に下がった。資本市場で長年「日本的なれ合い」の象徴とみられてきた株式持ち合いについても、企業側の説明義務が強化された。

こうした変化が「日本企業の資本効率が今後改善する」との期待につながったことも手伝い、日経平均株価が昨年、34年ぶりに史上最高値を更新するに至った。

「アクティビストは5年ほど前には怪しい人々だと思われていたが、今はむしろ皆がアクティビストに期待して投資するまでに変わってきている」とアクティビスト対応などのコンサルティングサービスを行うQuestHubの大熊将八最高経営責任者(CEO)は指摘する。

村上氏の手法は、短期的な利益追求よりも雇用の維持や顧客・地域社会との関係を重視する日本の企業文化には、あつれきを起こすことが多々あり得る。

東京国際法律事務所の森幹晴代表パートナーは村上氏について、「投資やコーポレートガバナンスを世の中に広めるという啓蒙的な活動を通じた良いイメージがある一方で、アクティビスト投資の場面では、企業に対し株主還元や非公開化など厳しい提案をしてくる両面性がある」との見方を示す。

村上氏が「最も尊敬する投資家」と呼ぶ同氏の父親は、日本統治下の台湾に生まれ、貿易商を営んでいた。村上氏は自著で、父親から小学3年生の時に10年分の小遣いの前払いとしてもらった100万円で、父親が好んで飲んでいたサッポロビールの株式を購入したのが最初の株式投資だったと明かしている。

その後、1983年に東京大学を卒業し、当時の通商産業省(現経済産業省)に入省。前和歌山県知事で通産官僚時代に村上氏と関わった仁坂吉伸氏によれば、当時の村上氏は金融の知識と率直な物言いで知られていたと話す。「言いたいことを言うタイプで、八方美人ではない。そのため評価する人は評価するが、礼儀正しくないと見られて評価されなかったところはあるかもしれない」という。

村上氏は当時、上場企業の役員と会う前には、その会社の有価証券報告書や決算短信を読み込んでいた。しかし、財務状況について分かっていない経営者がことのほか多く、特にバランスシートの状況を把握していない経営者が多いことに驚かされたという。「多くの経営者と話をするうちに分かったのは、特段のポリシーもないまま、過去からの経営方針をなんとなく引き継いでいる企業がほとんどだ」と自著で述懐している。

アクティビストが、「物言う投資家」と称されることからも分かる通り、株主は経営に何も口出しをしないというのが長年の暗黙の了解となっていた。村上氏はこれに真っ向から挑戦した。「村上ファンド」が発足してまもない2000年初頭に、国内で初めて敵対的な公開株式買い付け(TOB)を行った。

TOBは成立しなかったものの村上氏の知名度は上昇した。その後も余剰資金を増配や自社株買いなどに充てるよう要求を続け、企業側からは恐れられる存在となった。38億円の運用資産で始めた同氏のファンドは、最終的に約4400億円にまで膨れ上がった。

復帰後80社に投資

転機が訪れたのは06年、村上氏がインサイダー取引容疑で逮捕された時だ。問題とされたのは、フジサンケイグループのラジオ局ニッポン放送株への投資だ。

ニッポン放送は、現在のフジHDの前身であるフジテレビジョン株の3分の1近くを保有する筆頭株主でありながら、株価はフジテレビジョンを大きく下回る割安な水準となっていた。ニッポン放送株を大量に保有すればフジサンケイグループ全体の支配権を得て、ニッポン放送にも株主還元を迫ることができる状況だった。

村上氏は、堀江貴文氏率いるライブドアにもニッポン放送株取得をもちかけたが、その後ライブドアが取得の意向を示した後にも、ニッポン放送株を買い増し続けたことがインサイダー取引にあたるとされた。

村上氏は、逮捕直前に開いた記者会見で深々と頭を下げて謝罪、故意に法律違反を犯したわけではないが判断ミスがあったとして容疑を認め、投資ビジネスから引退することを明らかにした。

ただ同時に、自身が成功したことが逮捕につながったとの思いも吐露した。「皆さんが僕のことを嫌いになったのはむちゃくちゃもうけたからですよ。むちゃくちゃもうけましたよ。もし僕が負けて負けて負けながら一歩一歩やっていたら、こんな悪く言わなかったと思う。ルールの中でお金をもうけて何が悪いんですか」と問いかけた。

その後の公判では一転して無罪を主張した。ライブドアの買いを念頭にニッポン放送株を買い増したわけではないと訴えたが、第一審の東京地裁では懲役2年の実刑判決を受け、11億4900万円の追徴金が課された。その後最高裁まで争って執行猶予付きの判決となったものの、最終的に有罪が確定した。

村上氏の逮捕劇とその後のリーマンショックに端を発した世界的金融危機で、日本のアクティビズムはいったん完全に下火になった。村上氏も09年にシンガポールに移住し、日本から離れた。

しかし執行猶予も明けた15年頃から村上氏は投資活動を再開。それ以降、公開されているだけで80社ほどに投資を行っている。

エネルギー事業などを手掛けていた日本アジアグループに対し、プライベートエクイティー(PE、未公開株)ファンドの米カーライル・グループが非公開化を目指して21年にTOBを実施した際には、同社株を買い集めた上で対抗TOBを敢行した。TOB合戦に勝利し日本アジアグループを買収すると同時に、事業の大半をカーライルに585億円で売却。CLSA証券の推計では約360億円の利益を得たもようだ。

村上家のために、という言葉を使うと同氏に関わったことのある関係者は言う。関係者によると、村上氏の関連企業は現在10人程度のアナリストやトレーダーを雇っており、中心的な役割を担っているのは村上氏の長女である野村絢氏だ。

フジHDに不動産事業の分離などを要求している米アクティビストファンドのダルトン・インベストメンツの共同創業者、ジェームズ・ローゼンワルド氏は、同業仲間でありライバルでもある野村絢氏を「タフで賢く、膨大な利益を上げている」と評し、「父親もタフで怖い存在だ。長いこと彼が彼女の師匠だったのではないか」との見方を示す。

野村絢氏(2018年)

ローゼンワルド氏は、株主提案を巡って村上氏サイドとの協調は期待できないことを学んだと話す。企業に変革を促すための戦略を議論することはあっても、野村絢氏が知らぬ間に投資ポジションを解消していることもあり得るという。「彼女は父親よりもソフトな虎だが、虎であることに変わりはない。その牙はとても長い」と述べた。

約20年ぶりに再対決することとなった村上氏とフジHD。村上氏の取り組みとアクティビストに対する株式市場の評価は明確だ。フジHDの株価は年初来で2倍に上昇していることが何よりの証左と言える。

(原文は「ブルームバーグ・マーケッツ」誌に掲載)

原題:Bold $700 Million Trade Shows Rise of Japan’s Activist Investors(抜粋)

--取材協力:日向貴彦、田村康剛、小田翔子、古川有希、Mayumi Negishi、Pui Gwen Yeung.

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.