(ブルームバーグ):トヨタ自動車の実験都市「ウーブン・シティ」(静岡県裾野市)が静かに始動した。トヨタ創業家肝いりの壮大な理想を掲げた計画だが、アナリストからは「過大な目標」との声もあがる。経営トップからは採算性を度外視するような発言も出ており、市場の評価を得られる事業となるかは未知数だ。
25日に報道陣に公開したのは全体面積の6分1程度に当たる第1期分で、トヨタ関係者の数世帯が居住を始める。スタートこそ小規模だが、将来は東京ドーム約6個分に当たる広大な敷地に約2000人が暮らす予定だ。
移動に関わる広範なサービスを提供する「モビリティカンパニー」への転換に向けた「テストコース(試験路)」と位置づけ、今後は自動運転、小型のパーソナルモビリティ、ドローンなどざまざまな次世代技術を実証する。トヨタのグループ会社、パートナー企業、起業家なども「インベンター(発明家)」として参加する。
豊田章男会長の長男でプロジェクトを主導する大輔氏は25日、さまざまな強みを持った企業が集まることで、新たな取り組みが生まれやすい場所になるとの見方を記者団に示した。
一方、これまでプロジェクトの開発費用や採算性など投資家が重視する情報に関してはほとんど開示されていない。また外部のパートナー企業が計画する実証はトヨタの事業と関連性が薄いものも目立ち、事業の目的を見えづらくしている。
「可能な限り多くの新技術や発明を対象とする過大な目標が、自動車と関連サービスの販売という企業目的から注意をそらすリスクがある」。英調査会社ペラム・スミザーズ・アソシエイツ(PSA)のアナリスト、ジュリー・ブート氏はこう指摘する。
高い理想がイノベーションを生む可能性もある。ただ章男氏は1月、ウーブン・シティをつくったのは「新しいアイデアで人々を幸せにする」ためで、同事業は収益をもたらさないかもしれないが、「それで構わない」と発言した。大輔氏も成果が出る時期について「正直わからない」と述べた。
東海東京インテリジェンス・ラボの杉浦誠司シニアアナリストは章男氏の発言を「株式市場にけんかを売っている」と評する。
実証に限界も
自動運転技術の実証場所としての限界を指摘する声もある。
ウーブン・シティは、トヨタ子会社の車両工場の跡地に作られた人工都市だ。車両専用、歩行者専用、歩行者とパーソナルモビリティが共存する3本の道が「網の目のように織り込まれた街」とトヨタは説明しており、自動車や歩行者などが1本の道路を共有することも珍しくない実社会とは大きく異なる。
電気自動車や自動運転などを専門とする名古屋大学の野辺継男客員教授は、生物学などの研究でも試験管内の人工的な環境下で行う試験だけでは完結しないのと同様に自動運転技術の開発においても、「一般社会でどうするかというのを前提に作り込まなければいけない」と話す。
野辺氏は、自動運転の開発競争が激化する中、安全を優先してウーブン・シティのように仕切られた環境下での実証を行うというのも1つの方法として正しいものの、「それだけだと間に合わなくなっているというのも事実だ」と語る。
ウーブン・シティはトヨタの創業家のメンツがかかったプロジェクトでもある。同構想は、章男氏が18年7月、閉鎖が決まった工場にトヨタ社長として訪れた際に、会社に承認がされていない個人のアイデアとして初めて示したとされている。
その後も同氏は20年1月のプロジェクト概要発表から着工式や竣工(しゅんこう)式まで折に触れてその意義を発信してきた。
ブルームバーグ・インテリジェンスの吉田達生シニアアナリストは、創業家である豊田家には1世代ごとに新しい事業を切り開くことが求められているが、章男氏にはまだその実績はないと指摘する。
豊田氏の祖父の喜一郎氏はトヨタを創業し、父の章一郎氏はハウスメーカーのトヨタホームを立ち上げた。吉田氏はトヨタがモビリティカンパニーへの転換を実現できれば、それが章男氏のレガシーになると話す。
実績作りの面
ウーブン・シティは大輔氏の将来を見据えた実績作りの面もあるとする向きもある。
杉浦アナリストは、「大輔氏がトヨタの中で下っ端から働き、偉くなって社長になるというストーリーは今のこのガバナンスの時代ではなかなか難しい」と指摘。ウーブン・シティは、大輔氏が将来的にグループを束ねる持ち株会社トップといった形で創業家の「正統性を引き継ぐための仕掛けだと思っている」という。
PSAのブート氏も、自動車業界においてソフトウエアの価値が高まる中で、その開発を担うウーブン・バイ・トヨタで幹部を務める大輔氏の「役割と存在感は今後数年間で大幅に高まる」とみる。
大輔氏の立場が投資家に認知・受容されるようにするためにも「ウーブン・シティ関連のプロジェクトに関する情報はこれまで以上に多く発信されるだろう」と同氏は続けた。
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