ソーラーパネル会社の幹部エバン・ラデメーカー氏(30)は10日、米フロリダ州タンパのオフィスで米保守派活動家のチャーリー・カーク氏が銃撃されたニュースを耳にした。

その後まず着手したのはSNSの「X」上でソーシャルメディアフィードを確認し、事件の推移を追うことだった。それから「ミームコイン」市場をチェックした。

ミームコインは暗号資産(仮想通貨)投機の最も純粋な形だ。本質的にナラティブ(物語)と注目だけで動き、価値を裏付けるものはない。

ラデメーカー氏は大きなニュースが起きるとしばしば、「Pump.fun(パンプファン)」というウェブサイトでどのような新しいトークンが生まれているかを確認する。

このサイトは仮想通貨愛好家がミームコインを立ち上げ、売買し、議論する場だ。日々注目を集める人物や出来事にちなんだトークンが次々と作られるため、一種のニュースフィードのような役割を果たしている。

チャーリー・カーク氏

カーク氏が撃たれてから数分後、同氏に関連したトークンが次々と登場した。「Pray For Kirk Coin」「DEAD KIRK」「Charlie Kirk’s dog」など数十種類が作成された。

これらのクリエーターの多くは、カーク氏を追悼する目的や遺族へのチャリティーを掲げトークンを売り出した。だが、実態はいずれも、カーク氏の死を利益に変えようとする試みだった。

投資

銃撃から1時間以内に、カーク氏関連のトークンの一つは時価総額が1600万ドル(約24億円)に達した。その日の夜までにクリエーターらは、仮想通貨ソラナのブロックチェーン上で数十万ドル規模の取引手数料をすでに得ていた。

X上では、カーク氏の死から利益を得ているとして、多くの暗号資産トレーダーやインフルエンサーが仲間の一部を非難した。

 

ラデメーカー氏はカーク氏にちなんだコインを購入することにした。その中の一つ「RIP Charlie Kirk」($CHARLIE)は新しいトークンだったが、保有者が比較的分散しているように見え、詐欺ではないだろうと判断し、3万ドル分を購入した。

しかし、価値はすぐに急落。売却して、1万7000ドルの損失を出した。その後値上がりしたため、買い増したが再び下落した。ラデメーカー氏は「ほとんど二重の痛みだった」と語る。

それでも損失を取り戻せる可能性は残されていた。その日の夜、ラデメーカー氏は誰かが$CHARLIEをコントロールしようとしているのを目にした。

コミュニティー引き継ぎ

Pump.funでは、ミームコインのオリジナルクリエーターが姿を消したり関心を失ったりした場合、ユーザーが「コミュニティーの引き継ぎ」を行える。

コミュニティーを引き継ぎリーダーになりたければ、熱心な投資家が一定数存在する証拠を提出する。専用ウェブサイトやX上の活発なグループ、人気のミームコイントラッキングサイトのアカウントなどだ。

Pump.funが承認すれば、新しいリーダーとしてトークンのウォレットを管理できるようになり、通常はクリエーターに帰属する取引手数料の一部である「クリエーターフィー」を受け取れるようになる。

アリゾナ州テンピで行われたカーク氏の追悼集会(9月15日)

ラデメーカー氏はこの引き継ぎを主導していた匿名のリーダーに連絡を取り、自ら協力を申し出た。同氏には実績があった。過去に数千のミームコインを購入し、NFT(非代替性トークン)コミュニティーの運営にも関わった。そして、$CHARLIEの専用ウェブサイトをスタートし、引き継ぎを支援した。

この作戦は成功し、ラデメーカー氏はX上のコミュニティーでモデレーターの一人となった。ハンドルネームは「Cooktoshi」だ。同氏と共同リーダーは、トークンのクリエーターフィー全額をカーク氏関連の団体に寄付すると約束した。

民主化

ミームコインは誕生からすでに10年以上が経っている。ドージコイン($DOGE)は2013年にジョークの一種として作られたが、ここ数年は暗号資産エコシステム(生態系)での存在感が増している。

イーロン・マスク氏の売り込みによってドージコインは持続的な価値を持つに至った。24年に登場したPump.funは、市場を良くも悪くも民主化した。

仮想通貨ウォレットを接続し、名前とJPEG画像を選んでクリックするだけで、誰でも即座にミームコインを作れるようになった。

最近ではトランプ米大統領や01年9月11日の同時多発テロを追悼する周年行事、ノースカロライナ州シャーロットで列車内で殺害され全米のニュースとなったウクライナ移民のイリーナ・ザルツカ氏にちなんだトークンが登場している。

Pump.funは最も人気のあるミームコインサイトで、画像掲示板「4chan」のような雰囲気だ。ただし、金銭が絡む。カオスな画面は新しいミームコインで絶えず更新され、新規ユーザーには使いづらいかもしれない。

デフォルト設定のユーザーロゴはカエルのペペ(Pepe the Frog)だ。このキャラクターは、名誉毀損(きそん)防止同盟(ADL)からヘイトシンボルに指定されている。

コメント欄はニヒリズムに満ちたジョークであふれている。サービス開始以降、サイトは詐欺や奇抜なパフォーマンスで悪名を高めてきた。

24年にはライブ配信機能を一時停止した。その理由の一つは、あるユーザーが自分にアルコールを浴びせ、花火を打ち込ませてトークンの価値をつり上げようとした出来事だった。この人物はやけどを負ったが命に別状はなかった。現在はライブ配信機能が復活している。

ゲームそのもの

ミームコインを研究するバージニア大学のポスドク(博士研究員)、マキシミリアン・ブリヒタ氏は、カーク氏を題材に利益を得ようとするトークンの登場に「少しも驚かなかった」と言う。

ミームコインの本質は「注目に寄生すること」だとブリヒタ氏は説明。どれだけ病的な出来事であろうと、どんな社会的影響を伴おうと関係ない。場合によっては企業や個人の知的財産を流用しているかどうかさえ問題にならないとも指摘する。

「要はその瞬間に注目が集まっているところから、どうやって資金化できるかというゲームに過ぎない」。

 

ミームコインと現実世界の対象との関係は複雑だ。

対象となった人物や事象が成功すればコインが急騰し、失敗すれば下落することもあるが、そうしたことよりはるかに多いのは、人々の関心が薄れ、投資家がより新しく注目度の高いものに資金を移すことで、時間の経過とともに価値が下がるケースだ。

ラデメーカー氏がウクライナ移民のザルツカ氏にちなんだトークンに投じていた資金を主に用いて、カーク氏に関係するコインを購入したのはその典型だ。

ブリヒタ氏によると、成功するミームコイン立ち上げの鍵は、とにかく注目を集めることだ。ミームコイン取引のアナーキーな文化では「制限などなく、何でも言えてしまう。それはゲームそのものだ」との見立てだ。

話題作り

ラデメーカー氏とそのチームの戦略は、注目を集めて正当性を醸成することで$CHARLIEの価値を押し上げることだった。

関心を引き寄せるため、ラデメーカー氏はX上で$CHARLIEに関する投稿を行い、Pump.funやソラナのブロックチェーン共同創業者、さらにはマスク氏を含め、注目を集められると考えた人物をタグ付けした。

正当性を高めるため、チームはカーク氏の遺族やユタ州議会のダン・マッケイ議員が主導していた追悼彫刻制作基金に寄付した。マッケイ氏は公の場でラデメーカー氏らの支援に謝意を示した。

寄付の大半は、カーク氏が創設した保守系非営利団体ターニング・ポイントUSA(TPUSA)に向かった。透明性を示すため、ラデメーカー氏は寄付の取引詳細をウェブサイトに公開した。

TPUSAへの寄付は効果を上げた。最初の送金が完了後、ラデメーカー氏はTPUSAにメールで連絡したが、担当者のアレックス・ルッソ氏からすぐに返信があった。「寛大さと、皆さんのコミュニティーによる支援の精神に心から感謝します」と記されていた。

数日後、ルッソ氏はラデメーカー氏に対し、TPUSAが直接寄付を受け取れるウォレットの開設をソラナブロックチェーン上で検討していると伝えたほか、公式な提携やスポンサーシップについても内部で協議を始めたと説明。「ウェブサイトの更新が素晴らしい。チャーリーも喜んだと思う」とコメントした。

ラデメーカー氏は、透明性の確保と話題作りを狙い、こうしたやり取りの一部をXに投稿した。TPUSAはコメント要請に応じなかった。

カーク氏を追悼する人々(ターニング・ポイントUSAフェニックス本部)

ラデメーカー氏によると、同氏のコミュニティーは競合するカーク氏関連のコインから攻撃を受けた。寄付が本物であることを示すため、X上のライブ配信で寄付を実施する企画を行ったところ、誰かがX側に通報し、一時的にアカウント停止処分を受けたという。

さらに一部のアカウントは、トークンの保有が過度に集中しており「ラグプル(rug pull=突然の売り抜けでプロジェクトを崩壊させる行為)」のリスクが高いとする偽のスクリーンショットを投稿した。

ラデメーカー氏は、自分のコミュニティーに参加しているメンバーの一部が他のカーク氏関連トークンに対抗するため、同様の手口を用いた可能性を否定できないと語る。

「神の介入」

そしてこのコインは15日までに「We Are Charlie Kirk(私たちがチャーリー・カーク)」と再ブランド化され、少なくとも時価総額の面では他のカーク氏トークンに勝っているように見えた。17日時点の時価総額は約300万ドルで、これまでに10万ドル超の寄付を行っている。

短期的な目標として、ラデメーカー氏はマスク氏やトランプ氏に言及してもらいたいと話す。「有名人が一度触れてくれれば、時価総額は一気に5000万ドル規模になる可能性がある」のだという。

チャリティーの物語を維持するためには、取引手数料を生み出し続ける必要がある。そのためにはこのミームコインを成長させ続けなければならない。

コインが暴落して投資家を怒らせたり、結果的にカーク氏のレガシーを傷つけたりする懸念はないかと尋ねると、ラデメーカー氏は、ほとんどのトレーダーはリスクを理解していると答えた。「アマゾン株を買って値下がりし、損失を抱えて売ったからといって、突然アマゾンを嫌いになるわけではない」そうだ。

ミームコインのプロジェクトは、管理者同士が対立したり、ビジョンの違いで崩壊する可能性もあるが、ラデメーカー氏は共同リーダーの身元を知っており、信頼しているという。

このトークンは今、ラデメーカー氏にとって生きがいのようだ。インタビューの終盤、同氏はこのプロジェクトについて「神の介入」だと信じていると述べ、声を詰まらせた。「私たちは確実に導かれたのだ」。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Memecoin Bros Are Trying to Monetize Charlie Kirk’s Killing(抜粋)

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