(ブルームバーグ):インドネシアはここ数年で最悪の混乱に見舞われている。きっかけとなったのは議員向けに手厚い住宅手当支給を開始する政府の計画で、長年続いていた社会的不平等や失業問題への国民の憤りが爆発した。
政府への抗議活動は8月25日に首都ジャカルタで始まり、その後、急速に規模が拡大。暴力性も増していった。21歳のバイクタクシー運転手が食事の配達中に警察の装甲車にひかれて死亡し、抗議参加者の怒りはさらに高まった。
政府庁舎やバス停が放火され、ムルヤニ財務相(当時)や複数の国会議員の自宅が群衆に襲撃・略奪された。少なくとも10人が死亡し、負傷者は1000人を超えた。
治安部隊の増派と政府の一部譲歩により、事態はやや沈静化している。だが、プラボウォ大統領は9月8日、財務相の交代を突然発表。新たに就任した財務相プルバヤ・ユディ・サデワ氏は抗議の背景にある雇用不安や生活費高騰に対応すべく、より速やかに経済成長を実現させると誓った。
抗議デモは外国人投資家にも打撃を与えた。インドネシア資産への投資を増やしていた矢先、代表的なインドネシア株価指数が下落し、通貨ルピアも売られた。
議員優遇
国会議員580人に月5000万ルピア(約45万円)の住宅手当を支給する計画が、抗議の直接的な引き金となった。これはジャカルタで最低賃金の10倍近くに相当する額だ。
議員側の無神経な発言も反発を招いた。高騰する不動産価格や交通渋滞を理由に手当を正当化する議員もいたほか、ある議員は抗議する人々を「世界で最も愚かな人々」と非難した。
さらに、地方自治体が財源確保のため固定資産税を最大1000%引き上げたことが8月前半から緊張を高めていた。仕事探しや生活のやり繰りに苦しむ国民にとって、議員を優遇する措置は受け入れ難いものだった。

政府統計によると、今年1-6月(上期)の解雇件数は前年同期比32%増の4万2000件。アナリストは実際の数はさらに多いとみており、米国が新たに課す輸入関税が数百万人を雇用する衣料・靴産業など重要分野を直撃すれば、失業はさらに悪化する可能性がある。
不満の蓄積
国民の不満は長年積み重なってきた。新型コロナウイルス流行期に失われた雇用の多くは回復が進まず、国民の6割はフードデリバリーや配車サービスといった非正規・ギグワークに頼り生計を立てている。
教育への投資も長年不足しており、15-24歳の約5人に1人が就労も就学もせず、職業訓練も受けていない。卒業しても、企業が求める技能を欠き、高給職に就けないケースが多い。

大統領の対応
2024年10月に就任したプラボウォ大統領は生活費の負担に対応するため、付加価値税(VAT)の引き上げを停止。現金給付や無償もしくは補助金付きのコメ配布、電気料金割引などの景気刺激策を打ち出してきた。
だが批判的な見方もあり、こうした施策は長期的な解決策というよりも短期的な救済にとどまると指摘されている。労働団体は来年の最低賃金を8.5-10%引き上げるよう働きかけている。25年は6.5%引き上げだった。

経済の現状
統計上、インドネシア経済の成長率は東南アジアでもトップクラスだ。過去10年の平均成長率は年5%と近隣諸国を上回った。
しかし、今年4-6月の国内総生産(GDP)が前年同期比5.12%増になったとの発表には懐疑的な見方も出ている。小売売上高や銀行融資、製造業活動が軟化し、消費者は大幅な支出削減を強いられ、企業利益も予想を下回った。
経済成長率は、大統領が29年までの任期中に達成を目指す年8%には依然届かない。インフレは比較的抑制されているが、変動の大きい食料価格指数は1年以上ぶりの速いペースで上昇しており、生活コストをさらに圧迫している。
ポピュリズム
政府は議員向けの住宅手当を撤回し、議員特権の見直しを進めると表明した。プラボウォ大統領はまた、汚職関連資産の没収を可能にする法案を推進する意向を示した。バイクタクシー運転手を死亡させた装甲車の運転責任者は懲戒免職となった。
一方で大統領は、抗議の一部を「反逆罪やテロ」に近い行為と非難。8月31日には警察と軍に対し、法に基づき断固とした措置を取るよう命じた。大統領は「国民に政府を信頼し、冷静さを保つよう呼びかける。私が率いる政府は、最も弱い立場にある人々を含め、常に国民の利益のために戦う決意だ」と述べた。

数週間にわたる混乱は、就任から1年足らずのプラボウォ大統領にとって最大の政治的試練となっている。抗議の矛先は主に議会と警察に向けられてきたが、世論の注目は国家警察トップの解任要求を含め、大統領が抗議参加者の要求にどう対応するかに集まっている。
リスクコンサルティング会社ユーラシア・グループで東南アジアを担当するピーター・マンフォード氏は「ポピュリストのプラボウォ氏はこれまで無償の学校給食プログラムにばかり財源を注いできた。若年層の高い失業率への対応や労働者支援は手薄だったが、今後は変わる可能性が高い」と述べた。
原題:What’s Behind the Violent Protests Across Indonesia?: QuickTake(抜粋)
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