石破茂首相の退陣表明で次期自民党総裁の椅子を争うレースは事実上幕を開けた。株式・金融市場の関係者は次のリーダーの有力候補と予想される政策の相場への織り込みを既に開始しており、その中心に立つのが前回の総裁選で上位に入った高市早苗前経済安全保障担当相と小泉進次郎農林水産相だ。

自民党本部

財政規律派と目されていた石破首相の辞任を受け、8日の日本市場では今後積極的な財政出動を伴う景気刺激策の発動や日本銀行の追加利上げ時期が遅れる可能性が意識され、株式は大きく上げ、為替は円安、債券は先物に買いが先行した。

読売新聞の報道によると、国会議員と党員票の比重を同じにする場合、ポスト石破を選ぶ自民党総裁選は10月上旬に投開票を行う案が浮上。一方、衆参両院で与党は過半数を割り込んでおり、新総裁がそのまま国会で順当に首相指名を受けられるかどうかは不確実な面がある。実際の立候補者を見極めながら、株式や債券、為替の各市場は思惑含みでボラティリティーの高い展開になる可能性は否定できない。

オーストラリア・コモンウェルス銀行のストラテジスト、キャロル・コング氏は次期総裁が財政拡張寄りになる可能性が高いとの懸念があり、日本市場にとってネガティブに捉えられ、円には短期的に下落圧力が続くとみている。また、政治の不透明感は「日銀による利上げのタイミングを遅らせるリスクがあり、これも円にとって逆風」だと言う。

キャピタル・ドット・コムのシニア市場アナリスト、カイル・ロッダ氏も石破首相退陣が緩和的な財政政策につながると受け止めるなら、次に問われるのは「インフレ上振れリスクに対し日銀がどう対応するのか」という点だと述べた。

現時点で市場関係者が想定する自民党総裁選の有力候補者と政策、相場への影響に関する見方をまとめた。

高市氏

高市氏の政策スタンスは積極財政と金融緩和の組み合わせにより、市場ではハト派と見なされている。仮に高市氏が勝利すれば、日本株にとってはポジティブ材料となり、円相場は円安方向、債券市場はイールドカーブ(利回り曲線)のスティープ(傾斜)化につながる可能性が高い。

高市前経済安保担当相

三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩チーフマーケットストラテジスト

  • 高市氏の方が小泉氏よりも積極財政派で、株式市場にとって好ましい半面、行き過ぎた財政出動は財政悪化への懸念を強め、リスクもある

モルガン・スタンレーMUFG証券の山口毅日本チーフエコノミストと中沢翔ストラテジスト

  • 高市氏は拡張的な財政バイアスが強いと考えられ、日本株にとってよりポジティブな影響を与えるだろう
  • 明確な原発推進派でもあり、電力やガスといったセクターに注目が集まる可能性がある
  • ただ、消費者物価指数(CPI)のコアコア(エネルギー・生鮮食品除く)が最近3%台に上昇しており、過度にハト派的な金融政策を追求するリスクは昨年と比べ低下しているとみる

りそなホールディングスの武居大暉ストラテジスト

  • 市場は高市首相誕生を織り込みに向かっているようだ。過去の発言からは日銀の利上げに否定的で、財政拡張に積極的な姿勢を示してきた。為替は円安方向に振れ、外需関連株を中心にポジティブな反応となっている
  • ファンダメンタルズ面では1円の円安で企業業績が1%弱押し上げられ、そうした期待から物色が集まっている
  • 今は日銀の利上げで短期金利が上昇し、集合体として長期金利も上がっていたが、今後高市氏になった場合は財政リスクプレミアムでの金利上昇になろう

フィリップ証券の笹木和弘リサーチ部長

  • 株式市場は円キャリートレードによる円安で株が上がるという見方に基づき、高市氏を望ましい候補とみているようだ
  • 株価は短期的には上昇する可能性があるが、物価を安定させ消費を上げる方が優先順位の高い時代であり、その点では高市氏は長期的な選択肢として最適ではないかもしれない

小泉氏

小泉氏は日銀の政策正常化を継続することに前向きとみられており、同氏が総裁選に勝利すれば、為替市場での円高進行とイールドカーブのフラット(平たん)化が想定される。

小泉農相

T&Dアセットマネジメントの浪岡宏チーフストラテジスト兼ファンドマネジャー

  • 国民からかなり人気があり、野党との連携も高市氏より円滑に進む可能性。政治の停滞を免れる余地がある
  • 株価は既に高い水準にあり、上値余地は限られるが、一定の上昇圧力にはなろう。小泉氏の場合は財政規律が少し保たれやすく、為替は若干の円高になるだろう

大和証券の木野内栄治チーフテクニカルアナリスト兼テーマリサーチ担当

  • 選挙は水物で、総裁選までは株高を見込むが、小泉氏勝利となれば株価はピークアウトするだろう
  • その後も小泉関連銘柄には期待。地銀株のほか、日本維新の会と連携するなら副首都構想で大阪銘柄にも注目できる
    • 大阪関連株は関西電力やりそなホールディングス、大和ハウス工業、近鉄グループホールディングスや西日本の百貨店などが含まれる

三井住友トラスト・アセットマネジメントの稲留克俊シニアストラテジスト

  • 小泉氏では財政規律が緩まないとみている。日銀金融政策の正常化にも理解があり、基本的には石破路線だ
  • 総裁選まである程度、超長期金利が上がり、中短期金利が下がる「高市トレード」的な動きがあるだろうが、小泉氏の可能性が高まれば、ポジションは巻き戻される
  • 石破路線を小泉氏が踏襲すれば、イールドカーブはツイストフラット化の方向になろう。日銀の利上げがしやすくなり、短い金利は上がり、財政規律が守られ超長期債の金利は上がらない

他の候補者

他にも石破首相の後任として名前が挙がるのは、昨秋の総裁選にも立候補した林芳正官房長官や加藤勝信財務相、茂木敏充前幹事長、小林鷹之元経済安保相だ。

JPモルガン証券の西原里江チーフ日本株ストラテジスト

  • 小泉氏、高市氏に加え、林氏も主な候補者となる見通し
  • 物価高対策のための一定程度の財政拡大はあり得るが、大規模にはならず、金融政策は日銀の判断に任せるという現政権の基本スタンスから変わらないだろう

インベスコ・アセット・マネジメントの木下智夫グローバル・マーケット・ストラテジスト

  • 林氏は金融政策は日銀に委ねていく立場とみている。高市氏のように株式市場にとって短期的なプラスにはならないが、財政赤字の大幅な拡大も視野に入れにくく、債券市場にとってはポジティブな候補者になろう
  • 加藤氏は日銀の政策について独立性を重視する立場とされ、これは債券市場にとって大事

野村証券の吉本元シニアエコノミスト

  • 昨年の総裁選を振り返ると、茂木氏は必要なら税収の上振れ分までは財政出動が可能との考えを示していた。小林氏も同様の主張だった
  • 一方、林氏や加藤氏は中長期的な財政再建や社会保障改革を主張しており、財政拡張に対しては比較的慎重だった印象だ

しんきんアセットマネジメント投信の藤原直樹シニアファンドマネジャー

  • 小林氏の財政スタンスは慎重で、前回の総裁選における公約などを見る限り、比較的オーソドックスな立場。いわば古き良き自民党の路線を踏襲し、改革派のイメージは持っていない。岸田前首相に近い立場と言える
  • ある程度減税政策が取り込まれるなら、株式市場にはプラスだが、自民党の宮沢洋一税調会長に押し切られるような展開となればマイナス。その場合、金利は低下するかもしれない

--取材協力:グラス美亜、横山桃花、堤健太郎、アリス・フレンチ.

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