私は今月、トランプ米大統領が米連邦準備制度の独立性に及ぼす脅威について、それほど懸念すべきではないとするコラムを書いた。しかし今は、はるかに大きな懸念を抱いている。市場も警戒すべきだ。

トランプ氏がクックFRB理事の解任に動いた件については、現時点で確定的な見方をするには時期尚早だ。「正当な理由」による解任には長期の法廷闘争が伴い、公務上の不正行為や職務怠慢といった証拠が必要になるだろう。

政権側が主張する、クック氏が任官前に住宅ローン申請で2軒の住宅をそれぞれ主たる住居と申告した、という行為が、要件を満たすとは考えにくい。

それでも今回のクック氏に対する攻撃は、事態の重大なエスカレーションであり、極めて悪い結末に至る可能性がある。これまでに現職のFRB理事の解任を試みた大統領はおらず、これは単なる1人の職の問題にとどまらない。

もしクック氏が退けば、FRB理事7人のうち4人をトランプ氏が指名する結果になり、過半数を占めることになる。これで直ちに金融政策を決定する連邦公開市場委員会(FOMC)への支配力を握るわけではないが、大統領がより大きな影響力を持つようになるのは確かだ。

例えば、FRBは2026年2月に任期満了を迎える地区連銀総裁の再任を拒否することが可能であり、FOMCで輪番投票権を持つ12人のうち5人がこの対象に含まれる。理論上は、大統領の意向に沿う人物をFOMCに送り込み、大幅な利下げを実現させる道が開かれることになる。

もっとも、トランプ氏が指名した人物であっても、必ずしもその意向通りに動くとは限らない。自らが所属する連邦準備制度に忠誠を誓うようになる可能性もある。

既にトランプ氏によって任命されているボウマン理事とウォラー理事はFRBに多くの時間と労力を注いできたことから、その独立性を損なうような行動には慎重になるだろう。

利下げに否定的な地区連銀総裁の再任を拒むといった過激なオプションは、自らの政策運営上の信頼性を著しく損なうことを、両氏は十分に理解しているはずだ。

いずれにせよ、対立、衝突、混乱、そして不確実性は極めて深刻なリスクだ。仮にトランプ氏がFRBを通じて地区連銀総裁の任免権を掌握すれば、各連銀の理事会は誰を新たな総裁に選ぶべきかという政治的に難しい判断を迫られる。

政権に従うところもあれば、抵抗する連銀も出てくるだろう。後者に対しては、FRBが予算削減や業務の移管をちらつかせて圧力をかける可能性もある。そうなればFOMC会合や金融当局内の議論は対立色を強め、中央銀行としての威信は大きく損なわれかねない。

今のところ、市場はこうした動きに比較的冷静に反応している。長期米国債利回りはやや上昇し、利下げ予想がわずかに強まり、ドルは小幅に下落した。つまり、トランプ氏の攻撃によって連邦準備制度のインフレ抑制姿勢が弱まるとの懸念はさほど強くないということだ。

だが市場はあまりにも楽観的だ。仮にトランプ氏が連邦準備制度支配を実現する可能性がわずかだとしても、その試みによって混乱が生じ、万一成功すればその代償は甚大になる。金融当局の独立性への脅威は、制御不能なインフレ、長期金利の急騰、ドルの大幅な下落リスクとともに、今後も市場に暗い影を落とし続けるだろう。

(ニューヨーク連銀の前総裁、ウィリアム・ダドリー氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:I Wasn’t Very Worried About the Fed. Now I Am: Bill Dudley(抜粋)

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