(ブルームバーグ):訪日観光客の間で思わぬヒット商品となっているのが、2003年公開の映画「キル・ビル」に登場したスニーカーだ。
クエンティン・タランティーノ監督のこの作品でユマ・サーマン演じる主人公ザ・ブライドが履いていた「オニツカタイガー」が、今再び注目を集めており、記録的な売り上げとなっている。
アシックスはこのブランドを一時廃止していたが、2000年代前半に復活。新型コロナウイルス禍後に日本を訪れる観光客の間で、履き心地が良く、時代を超えたデザインのスニーカーとして大人気となっている。日本国内での売上高が1年で倍増し、その増加分のほとんどが訪日客によるものだという。
オニツカタイガーは、アシックスの中でも群を抜いて利益率が高い。パリのシャンゼリゼ通りに新たな旗艦店を構え、今後は米国にも出店を予定している。アシックスの株価はここ5年で8倍になり、時価総額が最近、3兆円を突破した。

これは、訪日観光客が日本経済の成長を後押ししていることを示す証拠の一つだ。オーバーツーリズムへの懸念がしばしば報じられ、アジアからの訪日客は使う額よりも稼ぐ額の方が大きいなどとやゆされる「影の経済」を巡って、オンライン上で不満の声も上がっている。
実際に外国人観光客による昨年の消費額は8兆1000億円に達し、アシックスのような企業の利益にもその影響が色濃く表れている。そしてこの傾向は、同社に限った話ではない。
直近の決算期では、米国による関税の影響に注目が集まったが、より注視すべきは、本物の日本らしさを体現したブランドが訪日客に買われ、その傾向が海外市場へも拡大しているという流れだ。
もちろん、円安が追い風になっている側面はある。しかし、それ以上に重要なのは、日本文化に共感し、それにお金を使いたいと感じる「ファン」を育てるという戦略だ。
「無印良品」の良品計画や「マリオ」の任天堂、「ハローキティ」のサンリオ、「ユニクロ」のファーストリテイリングなどは軒並み過去最高の業績を記録し、日経平均株価が連日最高値を更新する一因となっている。
例えば、サンリオの売上高は依然として国内中心だが、今は訪日客による買い物が国内商品売り上げの約40%を占める(これは日本の免税制度により追跡可能なデータだ)。同社の株価は19年の水準から10倍以上に上昇している。
回転寿司チェーン「スシロー」を傘下に置くFOOD & LIFE COMPANIESは、東京など都市部の店舗が観光客でにぎわっており、海外展開も進めている。26年度までに海外店舗数を320店に増やす計画で、5年前はわずか38店だった。中国本土の1号店が昨年開業し、一部では「中トロ」を求めて10時間待ちの行列ができたと報じられている。
ミニマリズム
良品計画も現在は国内より海外店舗の方が多く、シンプルなノートやブランド名を前面に出さない化粧品などを販売している。
「生きがい」などの紋切り型の日本らしさに頼るまでもなく、これらの企業には共通点がある。手頃な価格と高品質、そして美的なミニマリズムだ。こうした特性が長年、日本らしさとして消費者の心に響いてきた(中国の名創優品集団など、同じような感覚をまねようとしている外国企業もある)。

この点を理解し、国内外で新たな顧客層を取り込める企業には大きな成長余地がある。日本政府が30年までに年6000万人の訪日客と15兆円の観光収入を目指す中で、大きなチャンスでもある。
この変革の象徴的な存在がファーストリテイリングだ。同社はかつて、デフレに苦しむ日本が安価なファストファッションに頼らざるを得ない姿を映し出しているとされていた。
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は06年、米国でのユニクロ旗艦店オープンの際に「日本発ベーシックシックは売れるのか」と題した記事を掲載した。
当時は売り上げの9割が日本国内だった。その後、ユニクロはミニマリズムを体現しつつもアイコン的なブランドへと進化し、22年には海外売上高が国内を上回った。
もちろん、成功する企業全てがミニマル志向である必要はない。全く異なるスタイルで成功しているのが、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスが展開しているディスカウントストア「ドン・キホーテ」だ。
視覚的に圧倒されるような店づくりで訪日客が日本を体験できるブランドとなっており、競合のディスカウント店より高い利益率を確保している。同社は訪日客に対応するため国内での出店を加速しており、35年までに免税売上高を4000億円に倍増させる計画だ。
日本のソフトパワーの代表格とされるゲーム大手にも触れておきたい。オニツカタイガーのバッグを手にした観光客が、もう一方の手に任天堂やカプコン、セガサミーホールディングスのグッズを持っている光景は珍しくない。
最近では、セガのゲームキャラクター「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」と米VF傘下のブランド「ティンバーランド」がコラボしたスニーカーが、数分で完売した。
旅のお土産はすぐに忘れられるかもしれない。しかし、こうしたブランドは時を超えて愛される力を持ち、日本のソフトパワーをハードな利益へと変える可能性を秘めている。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:‘Kill Bill’ Kicks Turn Soft Power to Hard Profit: Gearoid Reidy(抜粋)
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