仕事に疲れたビジネスマンや育児に追われる親たちが逃れる「聖域」、それがホテルのスパだった。しかし今、そこは子どものリラックス空間に様変わりしている。12歳の娘が母親とおそろいのバスローブを着てマッサージ。近くでは10代の少女がスマートフォンの使いすぎでこわばった筋肉をほぐす特別なトリートメントを受けに来る。

大人だけのものだった静かな聖域の顧客ターゲットがストレスを抱える10代の若者や好奇心旺盛な小学生、さらには幼児や赤ちゃんにまで拡大しているのだ。

親たちは以前なら、自分の時間を楽しむために子どもを「キッズクラブ」によく預けていた。いまは子どもと一緒に時間を過ごして共通の思い出を作る機会を求めている。特に裕福な家庭は、どれだけぜいたくであっても家族の絆を深められるなら金を使う価値があると見なしている。

こうした志向の変化を見逃さず、ウェルネスや旅行業界は16歳未満の子供を対象にしたサービスを次々と展開している。

カリブ海のサン・バルテレミー島にあるホテル、ル・バルテレミー。ここはカリブ海で唯一、高級スキンケアブランド「ラ・メール」のスパが入っているが、子ども向けにはフランス製スキンケア「TooFruit」の商品が並び、バックマッサージ(30分間で80ユーロ=約1万3700円)やフェイシャルマッサージ(25分間で70ユーロ)のメニューも取りそろえている。

マネジャーのカリーヌ・ヴァルドネール氏は、子どもたちがセルフケアを始めるきっかけとなる「優しくて楽しい」サービスを提供したいと語った。

昨年11月にオープンしたタークス・カイコス諸島のサウスバンクでは、大人向けと同じスパのメニューを年齢に応じた形で子どもにも提供している。特に人気なのは、背中や首、肩のマッサージだという。スパを担当するディレクターのガムゼ・グナイ氏は、「子どもたちは特に家族と一緒だと、スパのマッサージを真剣に受ける」と話す。

リラックスしやすい枕を用意し、マッサージを受けた後はマンゴーシャーベットを提供。子ども向けマッサージの予約は週に約10件入っている。

10代や思春期に入る時期の子どもは、家族と一緒に過ごしたがらないものだ。グナイ氏は「家族で一緒に休暇を過ごしたいというニーズが高まっている一方で、世代を問わず楽しめるものを見つけるのは難しい。ウェルネスがその解決策になってきている」と指摘する。

スパを楽しむ家族

最近サウスバンクを訪れたシカゴ在住の旅行コンサルタントで3人の母親でもあるジア・リーさんは、1人のゲストとして扱われた子どもはそれを自覚すると話す。自身の娘も「ただの子ども」扱いをされずに丁寧にもてなされたという。「マンゴーアイスをもらうためにローブ姿でリラクゼーションスペースへ歩く娘の落ち着いた様子を見てそう感じました。確かに娘はまだ子どもですが、この体験は彼女にとって特別なものでした」とリーさんは語っている。

メキシコのフォーシーズンズ・プンタ・ミタでは、生後18カ月までの乳児を対象にしたサービスを提供。ベビーヨガに加えて、リフレクソロジーでは免疫強化や血液の循環、安眠をサポートしている。地域担当副社長兼総支配人のジョン・オサリバン氏は、「ウェルネスは生涯にわたるもので、乳児期から始めることもできる」と話す。

スマホを使いすぎた子どもを心配する親向けのサービスまでも登場している。セントビンセントおよびグレナディーン諸島のマンダリン・オリエンタル・カヌアンでは、スマホによってこわばった筋肉をほぐして疲れをとるというマッサージ(160ドル=約2万3000円)が登場している。

多くの高級ホテルは、子ども専門のスタッフ育成のために投資を行っている。フォーシーズンズ・プンタ・ミタのオサリバン氏は、「子どもを担当する全てのセラピストは、相手の年齢に合わせた接し方や安全対策、コミュニケーションについて特別な研修を受けている」と語る。

同ホテルではセラピストがメキシコのプロ育成研修プログラム「Conocer」で認定を受けており、全ての年齢層に合わせたケアが可能だという。

一方でこうしたサービスの効果に対しては懐疑的な見方もあるかもしれない。例えば、子ども向けのスパがどれほどリラックスできるものであっても、子ども本来の自由奔放な遊びに取って代わることはできない。また、生涯にわたるウェルネスの習慣や感情の自己コントロール能力を魔法のように養ってくれるものでもない、というものだ。

数十億ドル規模に膨張したウェルネス業界の実態を著書「健やかな生き方(原題:How to Be Well)」で描いたエイミー・ラロッカ氏は、「スパのトリートメントが必要な子どもはいない。子ども時代に適しているとも思わない。家族でくつろぐにはスキンケアや自分磨き以外にもっと良い方法があると思う」と指摘している。

ぜいたくなスパ体験を子どもが受けるに値するかは恐らく、議論の本筋ではないだろう。雑然として騒がしく、極めて無秩序な子ども時代が、ストレスに満ちた世界を生き延びていくうえで最も必要ではないか。このことこそ、われわれは問い直すべきかもしれない。

原題:Even Babies Are Welcome at the Spa at These Ultra Luxury Resorts(抜粋)

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