米下院の委員会が先月、一見平凡な歳出法案の採決を行った。

この法案は例えば国内鉱業や沖合での化石燃料生産の資金拡充といった共和党の優先政策に資金を配分する一方、気候変動対策やダイバーシティー(多様性)推進といったリベラルな目的への支出を抑える内容となっている。

つまり、トランプ大統領の支持層であれば、歓迎すべき法案だ。

しかし、200ページを超える法案の196ページ目にひっそりと記された10行の文言がきっかけで、環境保護団体のみならず、トランプ氏支持者から成る「MAHA(Make America Healthy Again=米国を再び健康に)」派もが戦闘態勢になっている。

問題となっているのは、「453条」だ。ワシントンの内情に詳しくない一般の人々には、大した内容には思えないかもしれないその条項は、政府が化学農薬の表示変更を義務付けたり承認したりする権限を制限するように見える。

非営利団体、環境ワーキンググループの政策ディレクター、ジェフ・ホースフィールド氏は「一見、無害に見える」条項だと述べた上で、「農薬メーカーはまさにそう見せようとしているのだと思う」と指摘した。

法案反対派は、この条項によって、環境保護局(EPA)だけでなく、各州や農薬メーカーでさえ、現在の基準から外れた表示変更や自主的なガイドラインの発行ができなくなると警鐘を鳴らしている。

たとえ現行基準が時代遅れであることが判明していても、それを改めるには、15年に1度しか義務付けられていない登録済み農薬に関する人の健康への影響のEPAフルアセスメントか、時間がかかり頻度の少ない発がん性の分類を行う必要がある。

現行制度では、EPAは新たな科学的知見に基づいて、こうした大規模な再評価を行わずともガイドラインを提示できる。また、各州も独自の農薬使用基準を採用することができ、実際にそうしている(例えば学校付近での農薬の使用時期や方法などだ)。

しかし、ホースフィールド氏によれば、今回の法案がそのまま可決されれば、たとえ厚生省のような他の政府機関が、ある除草剤に発がん性があると判断した場合でも、EPAがその旨を製品ラベルに記載させるには、先に触れたような健康への影響に関する全面的なアセスメントや分類手続きを経なければならない。

ペンシルベニア大学ロースクールで規制プログラムを率いるカリー・コリアニーズ氏は、「この条項は、政府が農薬の基準を厳しくしたり、新たなガイドラインを作成したりするための予算執行を、長期的評価なしにはできないようにしようとしている」と述べる。

環境保護団体フード&ウオーター・ウオッチの上級政策アナリスト、レベッカ・ウルフ氏はより率直に「EPAの動きを完全に止めるものだ」と話す。

一方、農薬業界団体クロップライフ・アメリカの広報担当者は、この条項の目的は、農薬が発がん性を持つか否かを科学的に最終判断する機関としてEPAを位置付けるに過ぎないと説明している。

MAHA派の象徴

ドイツの農薬メーカー、バイエルは、米連邦政府へのロビー活動に4-6月(第2四半期)だけで250万ドル(約3億7000万円)を支出した。「農薬ラベルの統一性に関する問題」などの課題がロビー活動の対象だった。

この法案の恩恵を最も受けるとされる企業として、バイエルの名前は頻繁に取り沙汰されている。同社は2018年に米モンサントを買収し、除草剤「ラウンドアップ」を製造している。

この除草剤を巡り、がんの原因になったと主張する多くの消費者が訴訟を起こしているが、バイエルは製品およびその主成分であるグリホサートの安全性を訴えている。

同社は453条を支持する理由について「米農業の未来は、EPAによって安全と判断された重要な作物保護製品に対する、信頼できる科学的根拠に基づいた規制にかかっている」と電子メールでコメントした。

自社および他の団体によるロビー活動は政治的関与の一環として「通常」であり、「多くの重要な問題」全般にわたる支出だと説明している。

この条項を盛り込んだ法案が、法律として成立するには今後、下院本会議および上院の承認、大統領の署名を必要とする。

だが、この条項がきっかけとなって共和党を支持する主要グループ、特に「MAHAマムズ」つまり、MAHA派の母親たちが強く反発。この条項により農薬が一段と強く保護されると受け止め、怒りをあらわにしている。

トランプ政権のケネディ厚生長官はMAHA派の象徴的存在だ。ケネディ氏は特にグリホサートを名指しし、繰り返し農薬を批判。ケネディ氏の支持者らは農薬規制の強化や、場合によっては全面的な禁止を求めている。

委員会採決の前日には、500人を超えるMAHA派が連名で、ワシントンの有力政治家らに対し453条の撤回を求める書簡を送るとともに、共和党議員らにも個別に働きかけた。

法案審議中にマイク・シンプソン下院議員(共和、アイダホ)は「MAHA派の母親たちが電話をかけてきているのは分かっている」と語っていた。

「われわれは米国を再び健康にするべきだと思う」と述べつつも、「彼女たちはこの条項の趣旨について、あまりに多くの誤った情報を受け取っている」と指摘した。同議員はコメントの要請に応じなかった。

結束

MAHA派はここ数年、自分たちの主張が通ることに慣れつつある。例えば、その影響力はトランプ氏のホワイトハウス返り咲きにも寄与したとされている。ケネディ氏も厚生省のトップに起用された。

MAHA派はすでに、幾つかの食品企業が数年以内に人工着色料の多くを段階的に廃止すると表明したことを勝利だとして主張している(ただし時期尚早との見方もある)。

ケネディ氏はまた、連邦政府の新型コロナウイルスワクチンに関する勧告を撤回し、ワクチン諮問委員会を再編した。このため、法案に盛り込まれた条項はMAHA派の一部にとって衝撃的だった。

トランプ政権の当局者はブルームバーグ・ビジネスウィークに対し、月内発表が見込まれる慢性疾患対策の政策アジェンダについて、農薬の使用方針には変更を加えない見通しだと語った。

農薬を巡る議論について見解を求められた厚生省報道官は、問題に直接答えなかったが、書面で「米国の農業従事者はMAHAアジェンダの成功に欠かせない重要なパートナーだ」とコメントした。

MAHA派の運動はかねてから、異色の組み合わせとも言える支持層を結集させてきた。大手食品企業への反対運動を展開する活動家や環境保護主義者、ワクチン懐疑派、土壌と健康の関係に強い関心を持つ農家、健康系インフルエンサーといった人々だ。

最初の法案採決が行われた直後、ケネディ氏の著書を複数出版しているトニー・ライオンズ氏率いる「MAHAアクション」が主催した緊急のズーム会議には、それぞれの代表者が集まり、今後の対応を協議した。

会議にはマムズ・アクロス・アメリカ代表のゼン・ハニーカット氏、コメディアンから「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」運動家に転身したラッセル・ブランド氏、さらにケネディ氏の妻で女優のシェリル・ハインズ氏も参加した(ケネディ氏は出席していなかった)。

ハニーカット氏は、この条項によって農薬メーカーを相手取った訴訟が困難になり、厚生省を含むあらゆる政府機関が農薬問題に対応する余地を奪われると主張。

また、共和党議員が対応を改めなければ、これまでMAHA派が強く支持してきたにもかかわらず、支援を取りやめる可能性を示唆した。「母親たちは党派に縛られない。私たちは、子どもの健康と安全を最優先に考える人に投票する」とハニーカット氏はビジネスウィークに語った。

土壌に関心を寄せる農業団体アメリカン・リジェネレーションの共同エグゼクティブディレクターで、この条項の強硬な反対派であるケリー・ライアソン氏は、この問題を共和党がMAHA派に歩み寄るかどうかを見極める「試金石」だとみている。

ただ、MAHA派全員が離反を示唆しているわけではない。ライオンズ氏はズーム会議後、ビジネスウィークに対し、民主党はバイデン政権時代に農薬問題にほとんど対応しなかったが、共和党は「MAHAの問題に前例のないオープン」な立場を示していると話した。

化学業界や農業団体がワシントンで大きな影響力を持っているものの、この条項が最終的に法案に盛り込まれない可能性も残っている。

上院の委員会で可決された歳出法案には、453条の文言が含まれておらず、今秋以降に上下両院で調整を図る話し合いが行われる見通しだ。ただし、政府予算を巡る協議が年末以降にずれ込むことも珍しくない。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Republicans and MAHA Moms at Risk of Fracturing Over Pesticides(抜粋)

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