(ブルームバーグ):アイルランド・ケリー州の酒造会社キラーニー・ブルーイング&ディスティリング。2022年の拡張時には、ビジターセンターも備えた自社を「アイルランド最大の独立系ビール・ウイスキー生産者」とうたったが、今年7月、閉鎖に追い込まれた。
キラーニーは10年前、タップルームとしてスタートし、昨年にはブレンデッド・ウイスキーの販売を開始したばかりだったが、その時点ですでにコスト高とサプライチェーン(供給網)の混乱に直面していた。そこへトランプ米大統領による世界的な貿易戦争が追い打ちをかけた。
同社は、約50人の従業員解雇にもつながった閉鎖の発表で、「アイルランド産ウイスキーの対米輸出への関税と、広範な経済的不確実性が、事業にさらなる影響を及ぼした」と述べた。

キラーニーに起きた苦境は、アイルランドの酒造業界全体が抱えるより大きな問題の縮図でもある。関税は、すでに供給過剰、米国での需要減退、エネルギーから人件費に至るまでのコスト高といった課題に直面している同業界に、さらなる打撃を与えている。
この数カ月の間に、複数の独立系蒸留所が閉鎖や生産縮小に追い込まれ、大手企業も影響を受けている。ディアジオは、ダブリン中心部にあるロー・アンド・カンパニー蒸留所でのウイスキー生産を停止した。再開の兆しはほぼ見られない。4月には、ペルノ・リカール傘下のアイリッシュ・ディスティラーズが、コーク州ミドルトンの生産を、その後再開したものの、一時停止した。新たな蒸留所の開業時期も、2025年から27年に延期された。
独立系蒸留所は、特に深刻な打撃を受けている。ダブリンのダブリン・リバティーズ・ディスティラリーは5月から閉鎖されており、地元メディアの報道によると、所有者は「一時的な措置」と説明している。

不確実性
同業界全体の98%に相当する47の蒸留所を代表するアイルランド・ウイスキー協会(IWA)のディレクター、オーウェン・オキャハン氏によると、アイルランドのウイスキー業界はここ数年、さまざまな逆風にさらされてきた。
オキャハン氏は「特に今年に入ってから、関税の話が出てきたことで、とりわけ中小企業にとっては大きな懸念材料となった。それで、水面に顔を出していられるのがより困難になった」と語る。
こうした状況は、海を挟んだ反対側のスコットランドとは対照的だ。スコッチ・ウイスキーの生産者急増を経て、スコットランドのウイスキー輸出額は昨年、54億ポンド(約1兆円)に達した。2023年比では3.7%減だが、アイリッシュ・ウイスキーの22年のピーク時の5倍以上だ。
重要な違いの一つは、スコットランドが英国の一部である点にある。英国産品は米国から10%の関税が課されるが、欧州連合(EU)に属するアイルランドは、酒類を含む大半の輸出品に対して15%の関税が課されることになっている。
EUと米国は現在、ワインや蒸留酒といった品目の関税免除に向けた交渉を継続しているが、今のところ合意が成立する保証はなく、すでに問題を抱える業界に、さらなる不確実性をもたらしている。
コンサルティング・再建支援を行うインターパスによれば、世界のウイスキー市場は約620億ユーロ規模とされている。このうち、アイリッシュ・ウイスキーは約10億ユーロで、輸出が約90%を占める。
ブーム去る
つい最近まで、アイルランドのウイスキー業界はブームの中にあった。IWAによると、10ー24年、国内の蒸留所数はわずか4カ所から50カ所以上へと急増した。蒸留酒の人気復活を背景に、需要が増したのだ。このブームは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で自宅での飲酒が増えたことによって、さらに加速した。

22年、アイリッシュ・ウイスキーの対米輸出量は、10年前の2倍の4万8000トンに達した。
だが、23年末には、米国での需要が減少し始めるなど、警戒すべき兆候が現れていた。24年、アイルランドから米国への輸出量は、22年比で3分の1減となった。ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のアナリスト、ダンカン・フォックス氏は、業界の問題の根底には、そもそも成長の一因だったパンデミックの影響もあると指摘する。
フォックス氏は「米国では全蒸留酒が同じ問題を抱えていた。パンデミック後の成長が続くと見込んだ卸売業者が、過剰に発注していた」と指摘する。金利上昇に伴い、在庫を抱えるコストも上昇し、卸売り業者からの注文は減少したという。
同時に、ウイスキーの製造コストも上昇している。例えばアイルランドでは、ここ4年間で産業用電力料金がほぼ倍増しており、ガラス瓶、ラベル、マーケティングといった費用も軒並み上がった。
フォックス氏の試算によれば、トランプ氏の関税により、ウイスキーの価格は最大6%の値上げを迫られる可能性がある。同氏は、企業側は米国での需要をさらに損なわないよう、コスト削減によって関税の影響を相殺しようとするとの見通しを示し、「アイリッシュ・ウイスキーに関して言えば、本国を除けば米国市場こそが、ほぼ唯一の評価軸だ」と語った。
原題:Irish Whiskey Makers Crumble Under Trump’s Trade Tariffs(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2025 Bloomberg L.P.