(ブルームバーグ):世界最大の半導体メーカー、台湾積体電路製造(TSMC)から企業秘密を盗もうとする動きや、米国の新たな半導体関税など、台湾の「シリコンシールド(半導体の盾)」が揺さぶられている。ただし、今のところその盾が崩れる気配はない。
それでもなお、世界中がその技術を求めるTSMCにかかる重圧は大きい。最先端の半導体製造技術に関する重要情報を不正に入手しようとした疑いで、同社が従業員数人を解雇したとの報道から1日も経ずしてトランプ米大統領が「約100%」の新たな半導体関税を課すと警告した。
台湾政府は7日、TSMCが米国に投資していることを理由として、同社が半導体関税の対象にならないと確認した。
しかし、トランプ氏は5日のインタビューで、台湾企業が「やって来て、世界最大の工場を建設するため3000億ドル(約44兆円)をアリゾナに投じている」と発言し、混乱を招いた。TSMCはこれまでに1650億ドルの投資を表明しており、交渉がまだ続いている可能性を示唆している。
トランプ氏は、自ら打ち出した新たな高率関税が、米国のテクノロジー戦略にとって痛手となることに気付いたのかもしれない。TSMCは、米国の技術的優位を支えるエヌビディアやアップルなどを最大級の顧客として抱えている。
さらに、今年1月にトランプ氏が発表した人工知能(AI)インフラ構想「スターゲート」は大量の先端半導体を必要としており、半導体関税は自滅を招きかねない。結果として、関税が免除されると伝えられた7日にTSMCの株価は上場来高値を記録した。
一方、TSMCの米国における数十億ドル規模の拡張について、台湾人は手放しで喜んでいるわけではない。愛国心から中核的な技術は台湾にとどめておくべきだという意見も根強い。
しかし、米国での製造拠点拡大は、台湾と米国の同盟関係を強化し、TSMCの国際的な存在感をさらに高め得る。また、TSMCとシリコンバレーが中国への対抗という点で足並みをそろえていることもアピールできる。
技術的優位性
関税はTSMCにとって最大の懸念事項ではないかもしれない。それ以上に危惧されるのは、企業スパイだ。今回の疑惑はありふれた商業的な知的財産の窃盗とは次元が異なる。台湾の国家安全法の下で捜査が進められており、より大きな地政学的対立に発展する可能性もある。
現時点では、依然として多くの疑問が残っている。情報漏えいの範囲や関与した人物、そしてその動機については明らかにされていない。TSMCは問題を「早期」に特定できたと発表している。
半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンは台湾子会社の元従業員1人が、この事件に関与していたことを認めた。だが、関連する機密情報の外部流出は確認されてないという。
台湾検察当局がこれまでに逮捕したのは6人だ。報道によれば、容疑者はTSMCの最先端テクノロジー、回路線幅2ナノメートル(nm)製造技術に関する情報を標的にしていた。
この最先端チップの量産に向け本格的に取り組んでいるのは、TSMCの他には、韓国のサムスン電子と米インテル、日本のラピダスのわずか3社に過ぎない。これらの企業は、東京エレクトロンのような同じサプライヤーに依存しがちだ。
より微細な半導体製品の製造に必要な重要なノウハウを獲得するには、研究開発だけで数百億ドルもの費用がかかる。
また、この分野に挑戦できる企業が極めて限られているのには、他にも理由がある。たとえ研究開発の知見があったとしても、量産体制で競争するためには、製造工場や装置への巨額投資に加え、数が限られている熟練技術者の確保が不可欠となる。
台湾とTSMCは数十年をかけて、そうした基盤を築いてきた。たとえ不正行為を働いても、その技術的優位性を短期間で覆すことは容易ではない。各国・各社は先端半導体製造におけるTSMCの事実上の独占に対抗しようと数十億ドルを投じてきたが、同社が得た成果は一朝一夕に広まるものでも、盗まれるものでもない。
TSMCはこれまでも人材の引き抜きや知的財産の窃盗といった試みに幾度となく直面してきた。戦略的な重要性が極めて高いこの業界では、こうした問題は構造的なものとなっている。
今回の事件も国際的な犯人探しの様相を呈しているが、より重要なのは、同社が迅速に対応できるよう内部のセキュリティー体制を強化している点だ。
TSMCが技術的な優位を維持することの重要性は、いくら強調してもし過ぎることはない。今年4-6月(第2四半期)は3nmテクノロジーが売上高の約24%を占めた。今年後半に量産が始まる予定の2nmに対しても、すでに強い需要がある。こうした技術的優位性を背景に、為替相場や貿易が不安定な状況にあってもTSMCは価格決定力を握っている。
この技術的優位性は、TSMCの事業にとって極めて重要であるだけでなく、台湾政府が半導体をてこにした外交で影響力を行使する上でも武器となっている。
今回の問題は、ここ数週間で苦境に立たされている頼清徳総統を批判する人々にさらなる材料を与えることになった。
国家安全法に関連する初の半導体関連事件となるため、台湾当局は法の下での最大限の範囲で徹底的に捜査・対応することが求められる。台湾政府は今回の事件を前例とし、今後は同じような不正行為を未然に防ぐ必要がある。
歴史が示しているのは、技術的な機密や独占状態は長く維持されにくいという現実だ。とはいえ現時点では、TSMCは引き続き世界的なAIブームというゴールドラッシュの中で、なくてはならない製品を販売している。関税の脅しも産業スパイも、まだその輝きを曇らせるには至っていない。
(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジー担当しました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Espionage, Tariffs Can’t Dull TSMC’s Shine: Catherine Thorbecke(抜粋)
コラムについてのコラムニストへの問い合わせ先:Tokyo Catherine Thorbecke cthorbecke1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Andreea Papuc apapuc1@bloomberg.netもっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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