破壊的な新技術が登場すると、何百万もの雇用が失われる一方で、時にそれを上回る魅力的な仕事が新たに生まれる。

こうした楽観的な見方で見落とされがちなのは、置き換えられる単純な仕事の一部は、若年層にとってキャリアを積んでいく「足掛かり」だったという点だ。まだ重要な仕事を任される段階にない未経験者に業界経験を積ませる役割を果たしていた。

新人向けのエントリーレベルの仕事は、次世代の人工知能(AI)ツールによる打撃をとりわけ受けやすい分野とされる。「ChatGPT(チャットGPT)」や、「Claude(クロード)」、「Gemini(ジェミニ)」などのAIは、文書の要約、データ整理、基礎的なコーディングといった定型業務を瞬時にこなせるようになっている。

AIの登場は、就職面接先を必死に探す新卒者の不安をさらに高め、実際に就職活動を難しくさせている可能性もある。米ニューヨーク連銀によると、大卒の22-27歳層における失業率は、3月時点で4年ぶりの高水準の5.8%と、全米平均を大きく上回った。AIの影響だと指摘する声が多い。

Claudeを開発したアンソロピックのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は5月、AIによって今後5年でホワイトカラーの初級職の半分が消える可能性があると発言している。

実際のところ、状況はそこまで深刻なのか。ブルームバーグ・ニュースは給与計算や労働市場分析を手がける企業のデータを検証し、スタートアップ創業者や大手テクノロジー企業幹部、キャリアコーチなど、現場で変化を感じている人々への取材を行った。

データが示すものは?

与えられた指示に応じてコンテンツを生みだす生成AIは急速に進化しており、複数の業界でエントリーレベルの仕事内容に影響を与えている。今後5年で新卒向け職種の2割がAIに代替されるだけでも、若年労働者と経済全体に大きな影響を及ぼす。

AIブームは米経済の減速局面と重なっており、両者の影響を切り分けるのは難しい。だが複数の調査機関はそれを試みている。

コンサルティング会社オックスフォード・エコノミクスは、2023年半ば以降に米失業率が3.5%から4%超に上昇したことについて、その85%は新規労働市場参入者が就職に苦労した影響だと推計。コンピューターサイエンス分野など、AI導入が特に進んでいる業種における若年層の失業増加が理由だと分析している。一方で、同分野の中高年層では同期間に就業者がわずかに増加した。

労働市場分析会社レベリオ・ラボは、米国で23年1月以降、エントリーレベルの求人総数が約35%減少したと指摘。AIによる代替が可能な職種は特に大きな打撃を受けた。同社は企業サイト上の求人データを収集し、各職務内容に基づいてAIの代替可能性を評価。データベース管理者や品質保証テスターなど、AIに代替されやすい職種は、医療ケースマネジャーや広報担当といった影響の少ない職種に比べて大幅に減少した。

 

AI導入がすべての企業の人材採用計画に広範な変化をもたらすわけではない。給与処理プラットフォーム「Gusto(ガスト)」によると、AIを試験導入している中小企業の多くは、人員規模に大きな変化はないと回答している。

しかし、AI活用を積極的に進める業界では、初級職にとって厳しい状況が見られる。求人サイトのインディードによると、テクノロジー業界では20年から25年にかけてジュニア職の求人が36%減少。代わりに、5年以上の経験を条件とする求人の割合が増加している。

インディードの上級エコノミスト、ブレンダン・バーナード氏は、金融や法務サービスといった他のホワイトカラー分野でも求人は減っているが、経験要件の変化は見られないと指摘。23年以降、経験要件の引き上げが目立つのはテクノロジー分野だと述べた。

労働市場調査の非営利団体バーニング・グラス・インスティテュートの新しい報告書は、生成AIが一部職種の初級職を奪う一方で、別の分野ではチャンスを広げる可能性があると指摘している。

ハーバード・ビジネス・スクールのジョセフ・フラー教授が共著した同報告書は、職種ごとに異なる「学習曲線」に着目。たとえばプロジェクトマネジメントのように、リスクの低い業務から徐々に経験を積んで専門性を高めていく職種では、AIが初期業務を代替することでキャリアの入り口が狭まる恐れがある。一方で、ローン審査のように初期から高い専門性が求められる職種では、AIの支援によって早期習得が可能となり、参入障壁が下がる可能性もあるという。

AIの進化速度は

最新の生成AIモデルは、複雑な課題を段階的に処理し、複数のタスクをまとめてこなし、ChatGPTが22年11月に登場した当初よりもはるかに大量の情報を分析できる。研究の実行や、法的文書の分析、バグ修正などの能力が向上している。

こうしたモデルは、写真、PDF文書、グラフ、スクリーンショットといった視覚情報の読み取りも可能となり、アンソロピックの「Claude Opus 4」のように、人の介在なしで何時間もソフトウエアのコードを書き続けられるものも登場している。

「Google Workspace」や「Microsoft Teams」といった業務ツールも生成AIを統合済みで、多くの企業が独自のAIシステムを自社データや社内システムに組み込んでいる。また、情報処理にとどまらず、ユーザーの代わりに実行まで行う「AIエージェント」の開発も進んでおり、メール送信や予定調整などを自動で行えるようになってきた。カスタマーサポート、採用コーディネーター、秘書などの業務において、こうしたエージェントが既に試験導入されている。

企業の受け止めは

リンクトインが米国で経営幹部を対象に実施した最近の調査では、エントリーレベルの業務の一部はAIによって代替可能との回答が約3分の2に上った。

こうした見方は企業の人材育成にとって深刻な課題となり得る。チャイルドケア関連テック企業Winnieの共同創業者でCEOのサラ・マウスコフ氏は「私はとても懸念している。初級職は人材を育てる上で非常に重要だったからだ」と述べた。

現在では、データ収集、基礎的なコンテンツ作成、市場調査といった業務までAIが対応可能になっており、特にコストを抑えたい中小企業では、時間とコストをかけて新人を育成する理由が薄れつつある。

エントリーレベルの仕事は消滅するのか?

ノーベル経済学賞受賞者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授は、AIがエントリーレベルの仕事を完全に自動化するという見方には懐疑的だ。

アセモグル氏は、AIの進化が生産性向上につながる可能性を認めつつも、「人間の仕事」そのものが持つ性質――対人関係、感情的知性、状況判断、即興の対応など――は、特に初級職では極めて重要であり、AIがこれらに対応するのは困難だと指摘する。

さらに同氏は、初級職を削減し過ぎると企業自身が将来的に不利になる恐れがあると警告。「業界への理解や高レベル業務のスキルを身につけるには、まずは単純な仕事から経験を積むことが必要だ」と話す。

一部の企業は、AI導入で人件費削減を進めながらも、長期的成長を見据え若手採用を継続している。ソフトウエア企業サービスナウでは、今年採用された人材のうち22%以上がキャリア初期層だった。ジャッキー・キャニー最高人材活用責任者(CPO)はこの比率を維持する方針を示している。

キャニー氏は、初級人材は人件費の中では比較的負担が小さく、生産性を高めるのも早いと述べ、AI活用で新人をより短期間で戦力化できると指摘した。また、社内で昇進させる方が外部から採用するより効率的かつ低コストな点にも言及した。

リンクトインの幹部アニシュ・ラマン氏はブルームバーグの取材に対し、現在の課題は過去の形態のままエントリーレベル職を維持することではなく、より高度なタスクや、共感や高度な人間関係スキルなど、人間に特有の能力が必要な業務にシフトさせるために再設計することだと述べた。

同時に、大学や教育機関には、学生がより複雑な業務に対応できるよう、高度なスキルを身につけさせる責任があると付け加えた。

(原文は「ブルームバーグ・マーケッツ」誌に掲載)

原題:Is AI Killing Entry-Level Jobs? Here’s What the Data Is Showing(抜粋)

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