(ブルームバーグ):今年16年ぶりに活動を再開した日産自動車硬式野球部が、都市対抗野球の地区予選を勝ち進み、8日の準決勝で強豪の東芝と対戦する。チームの復活は明るいニュースだが、本業の急速な悪化で全社的なリストラが進んでおり、嵐の中の再出発となった。
甲斐府中クラブ(山梨県市川三郷町)と対戦した2日の初戦には、平日にも関わらず背番号「23(ニッサン)」のユニフォームを着た大勢の社員やOBらが詰めかけ、声援を送った。試合は10-0で7回コールド勝ちと幸先のよいスタートとなった。

応援を先導していた吉田好美さん(59)は往年のCMソング「世界の恋人」を「みんなで肩を組んで歌うのが日産従業員のポリシー。うれしい気持ちがこみ上げてきた」と満面の笑みで語った。
初戦の観客席で見られた光景は、日産が野球部を復活させた狙い通りのものだったといえる。
1959年創部の日産野球部は社会人野球の最高峰である都市対抗野球に29回出場、2回優勝の経験を持つ名門チームだ。90年代後半の経営危機で日産が仏ルノーの救済出資を受けた際も苛烈なリストラを乗り越えて存続となったが、リーマンショックを受けて2009年に休部となった。
横須賀市を代表
その後、カルロス・ゴーン元会長の追放劇や新型コロナウイルス禍などによる業績不振から立ち直り、ルノーとの資本関係の対等化も実現した23年に野球部の活動を再開する方針を発表した。理由については「従業員の意識改革と一体感を醸成するための企業文化改革を推進する必要」があるためとしていた。
ところが、自動車市場の急激な変化を背景に米国と中国の2大市場で販売不振に陥り、昨年後半に業績悪化が表面化。同社の株価は過去1年間で4割近く下落し、4月に社長をはじめ経営陣を大幅に入れ替えてリストラを加速している。
野球部の本拠地は横須賀市にあり、都市対抗野球も同市代表として出場していた。皮肉にも今回のリストラ計画では同市にある追浜工場も閉鎖検討の対象に含まれており、今春大学を卒業した新入社員中心に構成された野球部の存続も問われかねない状況となっている。日産はこのほかサッカーJリーグ、横浜F・マリノスの運営会社の株式も保有している。
野球部の田川博之ゼネラルマネージャーは、選手も不安を感じていると思うが、「それは他の社員も同じ。目の前の仕事を一生懸命やるしかない」と話す。選手には野球に集中することが心配の払拭につながると声がけしているという。
伊藤祐樹監督は初戦の勝利について「100点満点」だったとコメント。追浜工場の今後については「まだ何も決まっていない」とした上で、チームが活躍することで社員に元気を与え、社内の一体感を作るところに軸足を置いて戦いたいと述べた。
難しい問題
追浜工場を巡っては6日、日産が台湾の鴻海精密工業と電気自動車(EV)分野での協業に向けて協議を開始し、同工場で鴻海のEV生産を検討していると日本経済新聞が報じた。実現すれば工場は存続するという。
この報道に対して日産は当社が発表したものではないとのコメントを公表。発表済みの2拠点以外で最終決定したものはなく、今後もステークホルダーへの透明性を維持し、決定事項があれば適切なタイミングで情報を提供すると述べるにとどめ、追浜工場の処遇ははっきりしないままだ。

自動車調査会社カノラマの宮尾健アナリストは、日産野球部はトヨタ自動車のように有名アスリートを抱えていないため投資に見合うPR効果が期待できず、リストラが進む状況では「解散やむなし」との見方を示した。
選手らの処遇については日産が手を引いても他に出資者が現れればいいとし「プロ野球チームの出資者は過去から大きく変遷しており、実業団チームもそうあるべき」と述べた。
英調査会社ペラム・スミザーズ・アソシエイツのアナリスト、ジュリー・ブート氏は、企業の文化・スポーツ支援活動は重要で「難しい問題」とコメント。日産の現状を踏まえると長期的に野球チームへの資金提供を継続できる可能性は低いとしつつ、野球チームの支援は他の固定費と比べれば比較的負担が少なく、当面はチームを支援し続けることが合理的な判断だとの見方も成り立つとの見方を示した。
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