米議会は数日間にわたる交渉と土壇場での駆け引きを経て、大型減税・歳出法案を可決した。トランプ大統領の内政政策の実現に向けた大きな一歩となった。

トランプ氏いわく、この「大きくて美しい法案」は、1期目で導入された減税措置の延長に加え、国防と移民取り締まりに数十億ドルを充てる。一方、医療プログラムや食料支援、クリーンエネルギー事業への予算を大幅に縮小した。下院では賛成218、反対214の僅差で可決。今後、トランプ氏の署名を経て成立する見通しだ。

税制変更

まず、2017年にトランプ政権下で成立した減税・雇用法(TCJA)のうち、25年末に失効する予定だった個人所得税や相続税の多くが恒久化される。

基礎控除の拡大、大半の納税者に対する所得税率引き下げ、扶養する子ども向け税額控除引き上げのほか、未上場企業向け控除の導入、連邦相続税の非課税枠を2倍に引き上げることなどが含まれる。

24年の大統領選でトランプ氏が公約に掲げた新たな税制優遇措置も盛り込まれた。具体的には、チップや残業手当に対する課税免除が28年までの時限措置として実施される。

州・地方税(SALT)控除上限は4万ドル(約580万円)と、現行の1万ドルから引き上げられた。ニューヨーク州など税率の高い州選出の下院共和党議員の要望を踏まえた。年収50万ドル超の納税者は控除額が段階的に減額される。SALT控除上限の引き上げ措置は5年後に終了し、上限額は1万ドルに戻る。

ハーバード大学のように学生1人当たりの基金規模が大きい私立大学に対しては、投資収益に対する税率を8%と、現行の1.4%から引き上げる。

また、22年にバイデン前政権下で導入された電気自動車(EV)や気候変動対策プロジェクト向けの税額控除は撤廃され、米国製車両の自動車ローン金利に関する新たな税制優遇措置が設けられた。

歳出カット

法案では、セーフティーネットやクリーンエネルギー分野の歳出を1兆ドル余り削減する。

メディケイド(低所得者向け医療保険制度)については、加入者に新たな就労要件を課す。また同制度の財源を確保するため、病院などに課税する各州の権限を制限する。米議会予算局(CBO)の試算によると、こうした変更により、米国では34年までに1180万人が医療保険を失う恐れがある。

マカウスキ上院議員

低所得者層の食料品購入を支援する「補助的栄養支援プログラム(SNAP、旧フードスタンプ)」にも新たな就労要件が導入される。さらに、同プログラムについて各州の費用負担割合を引き上げる。ただ上院では、アラスカ州のマカウスキ議員の支持を得るため、同州とハワイ州について一部例外措置が盛り込まれた。

CBOはSNAPの就労要件厳格化で、利用者が約320万人減少すると推計する。

一方、軍事費や移民取り締まりに関する支出は増額された。南部国境での壁の建設費に約470億ドル、拘留施設の整備に450億ドルが計上された。さらに、連邦政府の支出義務履行のため財務省が借り入れることができる連邦債務の法定上限を5兆ドル引き上げる。

法案成立までの経緯

共和党は、合意済みの予算目標に基づく法案審議を迅速化できる財政調整措置を利用した。通常、米上院では法案通過には60票の賛成が必要だが、この手続きでは単純過半数の51票で可決が可能となる。

今回の法案は上下両院で激しい抵抗に直面し、共和党指導部は態度を保留する議員と交渉を重ねた。保守派は、膨張する国家債務への対応でもっと踏み込んだ支出削減を求めた一方、一部の穏健派議員はセーフティーネット分野の歳出削減に難色を示した。

下院は5月に賛成215、反対214の僅差で最初の法案を可決。その後、上院が内容を修正した法案について7月1日に51対50で可決した。バンス副大統領の票で決着した。

下院はその2日後に上院の修正案を可決したが、共和党議員2人が民主党議員全員に加わる形で反対に回った。

法案可決に当たり、共和党は従来と異なる会計手法の採用に助けられた。CBOは通常、「現行法」に基づいて財政への影響を試算するが、今回は上院共和党が、17年のTCJAで失効予定だった条項を恒久的に延長するという「現行政策」を前提に財政コストを見積もった。

現行法ベースでは、17年に導入された減税措置を延長すれば新たに3兆8000億ドルのコストが発生する計算だが、現行政策ベースでは延長を既定とみなすため、追加のコストは発生しない。こうした会計手法の利用で、共和党は法案にさらに多くの減税措置を盛り込んだ。

一部のエコノミストは、今回の法案はどのような基準で評価しても国家債務が数兆ドル膨らむと指摘。こうした現行政策ベースの手法を利用することで高コスト政策の延長が可能になり、危険な前例を作ると警鐘を鳴らしている。

法案のコスト

CBOと米議会の合同税制委員会の試算によると、今回の法案は現行法ベースで見た場合、今後10年間で連邦財政赤字を3兆4000億ドル増やす見通しだ。一方、上院共和党が求める現行政策ベースでは、10年間で4000億ドルの財政削減となる。ただ、この試算に法案の経済的影響は考慮されていない。

トランプ政権は、減税や規制緩和による経済成長に加え関税収入で法案の財政負担が一部相殺されると主張する。米大統領経済諮問委員会(CEA)の試算によれば、今回の減税措置により、国内総生産(GDP)は今後4年間にインフレ調整後4.2-5.2%押し上げられる見通しだ。

一方で、こうした予測が楽観的過ぎると一部のエコノミストは指摘する。また、市場関係者やエコノミストの間では、今後の財政資金調達の規模を巡り法案コストへの懸念が広がっている。政府債務は35年までにGDP比118%超に達する方向にあり、米国債の信認が損なわれる恐れがある。

トランプ関税で減税の財源を確保できるか

ナバロ統領上級顧問は関税が今後10年間に約6兆-7兆ドルをもたらすとの見方を示し、ベッセント財務長官は関税収入が年間3000億-6000億ドルに達する可能性に言及している。

だが貿易政策を巡りトランプ政権が交渉を進めているのは一部の国に限られ、実際にどれだけの関税収入が得られるかは不透明だ。

エコノミストの間では、トランプ氏の関税措置による収入は、今回の減税・歳出法案で政府が10年間に失う歳入規模には到底届かないとの見方が主流だ。物価上昇によって消費が鈍り、輸入が減って関税収入も落ち込むと見込んでいる。

原題:A Guide to the ‘Big Beautiful Bill’ Congress Passed: QuickTake(抜粋)

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