3. AIによる政策効果予測をどう受け止め、どう活かすか
AIによる経済効果予測は、客観的なデータに基づく未来への羅針盤となり得るが、その予測は決して絶対的なものではない。AIは過去のデータパターンから未来を推定するため、これまで経験したことのない規模の国際紛争や金融危機、あるいは国民心理の劇的な変化といった不確実性までは織り込めない。また、政策効果は、その「伝え方」によっても大きく変わる。政府がどのような意図で政策を打ち出し、国民がそれをどう受け止めるかという、コミュニケーションの巧拙といった定性的な要素は、AIの予測モデルに組み込むのが極めて難しい。
今回のAI分析では、どのシナリオにも明確なメリットとデメリットが存在することが示された。「即効性」を取れば「財政規律」が損なわれ、「公平性」を追求すれば「分断」が生まれるというトレードオフの関係が浮き彫りになっている。重要なのは、AIの予測を鵜呑みにするのではなく、各シナリオが内包するリスクと機会を理解した上で、どのような社会を目指すのかという国家のビジョンに照らし合わせて政策を評価し、選択することである。AIはあくまで判断材料を提供するツールであり、最終的な決断は、国民の代表である政治の責任において下されるべきである。
4. 政策選択が私たちの暮らしに与える影響
減税か、給付か。この選択は、単に家計の懐を一時的に潤すか否かという問題にとどまらない。それは、私たちの消費行動、将来への備え、そして社会に対する信頼感にまで深く影響を及ぼす。一律給付は、一時的な安堵感をもたらすが、インフレ下ではその効果は瞬く間に減衰し、根本的な生活改善には繋がりにくい。食料品減税は、日々の食卓の負担を確実に軽くするが、その恩恵の範囲は限定的で、他の支出の圧迫は変わらない。消費税5%への引き下げは、生活全般を劇的に楽にする可能性を秘めるが、それは将来の年金や医療サービスの削減という痛みを伴う覚悟と表裏一体である。AIが示したように、短期的な効果と持続的な効果、そして財政へのインパクトは全く異なる。
国民一人ひとりが、目先の利益だけでなく、政策がもたらす中長期的な影響、特に社会保障制度や次世代への負担までを視野に入れて、賢明な判断を下すことが求められる。そして政府や政治家には、選挙目当ての耳障りの良い公約を並べるのではなく、AIが示すようなデータにもとづき、各政策のメリットとデメリット、そして財源の裏付けを包み隠さず国民に説明する誠実な姿勢が不可欠である。究極的には、減税や給付といった対症療法に終始するのではなく、持続的な賃上げと経済成長を可能にする産業構造の転換や規制緩和といった、より根本的な成長戦略こそが、日本の未来を切り拓く鍵となるであろう。AIの予測を一つの参考に、私たちはこの国の進むべき道を真剣に議論する時期に来ている。
(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主席研究員/テクノロジーリサーチャー 柏村祐)