年金制度改革は期待薄

政府は年金財政のひっ迫を見越し、いくつかの改革に取り組んでいる。その一つは、「中央調整システム」の確立である。同システムは、省レベルで管理されている年金制度を統一し、地域によって異なる年金支出急拡大のリスクを中央政府がまとめて管理することで、年金財政全体の健全性を保とうとする制度である。もう一つは、定年の延長である。政府は、江蘇省を試験地域に指定し、2022年3月から定年退職年齢の延長により都市職工基本年金保険の受給開始年齢を引き上げるとした。

しかし、これらの改革により年金財政の健全化が進むとは考えにくい。「中央調整システム」は実は4年前に打ち出されており、実効を伴わない政策群の一つとなっている。同システムは基金が順調に積み上がっている地域による年金財政が悪化した地域の救済という側面がある。前者では給付額が抑制されかねないため、実際には調整が難しく、習近平政権といえども簡単に進めることはできないのが実情である。

また、江蘇省の定年延長もどこまで広がるかが疑問視されている。延長期間は最短1年で、かつ、延長は一律ではなく、あくまで本人の自由意志に基づき、会社が同意した場合に限られるなど、対象範囲が限定される。過去の世論調査をみても、定年延長は実質的な給付額の削減と受け取られており、反対意見が6~9割に達するなど、一気呵成(かせい)には進められない状況である。

年金が国家財政を侵食する

中国全体でみると、都市職工基本年金保険基金の残高は順調に積み上がっており、年金財政が直ちに破たんすることはないようにみえる。しかし、中国全体の高齢化が急ピッチで進むなかで、年金改革が進まなければ、基金の残高が減少に転じるのは時間の問題である。

実際、都市職工基本年金保険基金には、2021年に2010年比7倍の1兆2,763億元の補助金が投入されている。これは同基金の保険料収入の28.9%に相当し、同保険はすでに補助金なしでは維持できない状態にある。黒竜江省の年金財政の現状は、決して中国の遠い未来ではなく、近未来を映す鏡と捉える必要がある。

政府のシンクタンクである社会科学院の世界社保研究センターは、都市職工基本年金保険基金は2035年に残高がマイナスに転じるとした。これは2019年時点の推計であり、第7次人口センサスや国連の人口見通しで明らかになった少子高齢化の実態を踏まえれば、マイナスに転じる時期がそれより早まるのは間違いない。国際通貨基金によれば、中国の政府債務残高は2020年時点でGDP比93.1%と国際的に見て際立って高いとはいえないが、都市職工基本年金保険は間違いなくその増加を招来し、国家財政を侵食する元凶となるであろう。

(※情報提供、記事執筆:日本総合研究所 調査部 主席研究員 三浦有史)